鬼神と死の支配者82

「では、無事に当初の目的であった竜王国の国王になる目処がついたことに……かんぱーい!」

『かんぱーい!!!』

 多くの冒険者たちの声が夜の街に響いた。
 活力溢れる若い冒険者から歴戦の雰囲気漂う熟練の冒険者まで、幅広い層の冒険者がひとつの酒場にごったがえしている。
 そしてその中心にいるのが、オロチ率いるアダマンタイト級冒険者チーム『月華』だ。

 トルネコの粋な計らいで街一番の酒場を貸し切り状態にしており、タダ酒と新たに誕生した英雄の姿を一目見ようと多くの冒険者がこの酒場に押しかけていた。

「なんとここの酒場代は、全額組合のトルネコが持ってくれることになっている! だから遠慮せず浴びるほど酒を呑め!!」

『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

 オロチの言葉に、冒険者たちは竜の咆哮にも勝るとも劣らない雄叫びを上げた。

 この場にいる全ての冒険者は皆一様にオロチたち『月華』を称え、それを肴に良い気分で酒を呑み始める。
 ある意味、刹那的に生きる冒険者に相応しい酒の飲み方だった。

「ガハハ! ビーストマンのクソ野郎どもを大量に屠ったって言うから一体どんなバケモンなのかと思ったが、まさかこんな色男だったとはな!」

「アンタの目は節穴? 無駄な筋肉が多いゴリラみたいなアンタらと違って、オロチ様のお身体は神様が創り出した奇跡なのよ。あぁ……一度でいいから夜のお相手をさせてもらえないかしら」

「お前の目こそ節穴だろう。月華の連中を見てみろよ。『美姫』なんて異名が付いているナーベラルさんに、仮面を付けてはいるが明らかに美少女であろうタマさん。お前みたいな男か女か分からんような奴、端から相手にされねぇよ」

「ふんっ!!」

「ぐぉっ」

 女冒険者の男顔負けな拳が鳩尾にクリーンヒットする。
 いくら女とはいえ、冒険者という職に就いている者がただの非力な女である筈がない。
 現に殴られた男は青い顔で腹を押さえ、今にも胃の中のものを吐き出してしまいそうな様子だった。

「まったく、レディに向かって失礼な男だわ。少しはオロチ様の紳士的なお姿を見習いなさい」

 そう言ってその女冒険者は豪快に酒を胃に流し込み、徐々に酔いが回ってくると、次はオロチへの賛美が止まらなくなった。
 まるで恋する乙女……と言うには些か逞しすぎるが、彼女が抱いているオロチへの畏敬の念は紛れもなく本物だった。

 そして、その気持ちを持っているのは彼女だけではない。

「いやー、オロチ様様だよなぁ。まさか一チームでビーストマン共を壊滅させちまうんだもん。ああいう人を英雄って呼ぶんだろうな」

「『月華の英雄』オロチ、その名前はこの竜王国で何百年と語り継がれるようになるだろうさ」

 さらに、

「もう街の人たちにも、ビーストマンとの戦争が終わったっていう話が広まっているらしいですよ」

「ずいぶん早いな。彼らが冒険者組合に報告してからまだ半日くらいだろ? 冒険者である俺たちはともかく、街の連中にしては少し耳が早くないか?」

「なんせこの国の住民は長年ビーストマンに苦しめられてきましたからね。そりゃそんな奴らを滅ぼしたっていう話が広まるのも早いですよ」

 オロチたちがビーストマンの本拠地を襲撃し、そして生きて戻るどころか全てのビーストマンを殲滅したという話は既にこの街で知らぬ者はいない。
 誰もがこの吉報をいち早く広めようと動き回り、驚きの速度で瞬く間に拡散されたのだ。

 そのおかげで少し前まで活気がなかったように思えたこの街も、今晩ばかりはどこもかしこもお祭り騒ぎだった。
 明日死ぬかもしれないと不安を抱えて生きていた竜王国の国民にとって、オロチが齎したのは正に希望の光なのである。

 そして、そんな視線を一身に受けるオロチはというと……

「オロチ様、あそこにいる雌犬共が発情した視線をオロチ様に向けています。私にお命じくだされば、即座に首を刎ねて参りますが?」

「やめとけ。ここにいる奴らは皆、俺たちに好意的な冒険者だ。わざわざ反感を買う必要はない。それに、いずれコイツらは俺の国の国民になるんだ。この中から役に立つ人材が生まれるかもしれないしな」

『嫉妬するナーベラルさんの気持ちは分かるけど、奥さんなら奥さんらしくドッシリ構えておけば良いんだよ』

「お、奥さん……フフッ、それもそうね。駄猫にしては良いことを言ったわ」

 最初の音頭取って以降、オロチたちは結局三人で固まって談笑している。
 時折冒険者がオロチへの挨拶に来るが、彼の両脇を固めるナーベラルと仮面を付けたクレマンティーヌからの無言の圧力を受け、長くとも数分で離れていってしまう。

 ナーベラルはともかくクレマンティーヌにそんなつもりはなかったのだが、表情がわからないというのは意外と怖いものであった。
 その相手が自分たちよりも格上であれば尚更である。

 そんな状態に陥っている中、ひとりの冒険者がオロチに話しかけた。

「へっへっへ、オロチの旦那。ちょいとアンタのお耳に入れておきたい情報があるんですが」

 その男は冒険者というよりも、どちらかと言えば暗殺者に近い格好をした30代半ばほどの男だ。
 腰は低く、高圧的な態度は微塵も感じさせない佇まいをしているが、どこか胡散臭い印象を抱く。

「なんだ? えーっと……」

「あっしの名前はギースって言いやす。普段は冒険者稼業の傍ら、情報屋の真似事をしているケチな男です。それで旦那の耳に入れておきたい事なんですが……どうやらこの街にセラブレイトのチームが帰って来たようですぜ?」

「セラブレイト? ……ああ、アイツらか。もう俺の勝ちは決まっているのに、ご苦労なことだ。いや、決まっているから急いで帰ってきたのか?」

 セラブレイトと聞いて一瞬誰のことか分からなかったオロチだったが、すぐに自身が勝負していた冒険者の名前だと思い出す。

「セラブレイトの性格じゃ、旦那に突っかかってくるのはほぼ間違いありやせん。一応注意しておいた方が良いでしょう。アイツは腐ってもアダマンタイト級冒険者ですからね」

 セラブレイト程度であれば、オロチを害することなどできはしない。
 せいぜい目障りに思うくらいだろう。
 だが、その情報をいち早く持ってきたこのギースという男に、少しだけ興味が湧いた。

「そうだな、気に留めておくよ。感謝する、ギース。これは情報量だ」

 そう言ってオロチは金貨を一枚投げ渡す。

「へへへ、気前のいい旦那だ。もしも困ったことがあれば、いつでもこのギースにご相談を」

「ああ、その時はよろしく頼む」

 ギースはそれ以上に踏み込んでくることはせず、大人しく引き下がっていった。
 過剰な接触をすることなく、あくまで情報のやり取りだけをする。
 オロチはそんなギースという男の名前を覚えておくことにしたのだった。

 

   

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