カーテンから漏れる外からの光が、ちょうどグッスリと眠っているオロチの顔を照らしている。
時刻はすでに昼近い。
ポカポカと暖かく優しい日差しではあるのだが、それでも太陽の光には違いなく、暗闇に慣れている目には些か刺激が強すぎた。
特に今は朝特有の気怠さと眠気が合わさって、オロチには拷問にすら等しいと感じられる。
「ん……」
そんな日光から逃れようと、オロチは半覚醒状態のまま煩わしそうに身をよじった。
すぐに起きる、そんな選択肢は端から存在しない。
寝起きが非常に悪いオロチにとって、二度寝三度寝は当然のことなのだ。
たかがカーテンから漏れ出した日の光程度では、オロチを睡眠から完全に抜け出させることなどできないのである。
そして、体勢を変えたオロチが手を伸ばした先には何やら柔らかな膨らみがあった。
その膨らみはメロンほどに大きく、ハリと弾力があり、いつまでも触れていたいと思ってしまうような魔性の魅力を持っている。
オロチは寝ぼけたまま、無意識のうちにその膨らみを揉みしだく。
「ぁ……んッ」
すると、そんな喘ぎ声のようなものが寝ぼけているオロチの耳に微かに聞こえてきた。
もちろんこれはオロチが発した声ではない。
ただ、かと言ってまったく聞き覚えがない声という訳でもなく、手から伝わってくる感触もどこか覚えのあるものだった。
今わかっているのは、こうして触れていると、いつまでもこのままでいたいという抗い難い幸福感に包まれることだけだ。
「んッ……はぁ……ぁん……はぁん……」
「………………ん?」
しかし、聞こえてくる喘ぎ声が徐々に大きくなってくると、流石のオロチも意識がハッキリしてきた。
まだ眠い目を擦りながら、声が聞こえてくる方に重たい首をゆっくり向ける。
そこには――
「あぁ、ナーベラルか。おはよう」
「……お、おはようございます」
生まれたままの姿で頬を上気させているナーベラルが、呼吸を荒くしてオロチに潤んだ瞳を向けていた。
プレイヤーによって創造された存在であるナーベラルは、元々恐ろしいほどに整った顔立ちをしている。
だが、今の彼女は内から溢れ出てくる色気によって更なる魅力が引き出されていた。
裸だというのにいやらしさは一切感じられず、それどころかいっそ神秘的な美しさを醸し出しているのである。
「顔が赤いぞ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ」
しかし、今のオロチにはどうやらあまり効果が無いようだ。
「そうか、じゃあ悪いけどもう少し寝かせてくれ。昨日は帰ってくるのが遅かったからまだ眠いんだ。だからもう少し、このまま……zzz」
起床したかに思われたオロチだったが、ナーベラルを抱き枕のように抱き締めると、あっという間に再び眠りについてしまった。
よほどナーベラルの身体は抱き心地が良いのか、非常に幸せそうな表情でスヤスヤと眠っている。
「寝ぼけていながら、あそこまでのテクニックを発揮できるなんて……流石はオロチ様だわ。でも……フフッ、今のオロチ様はとても可愛らしい。これは他の姉妹たちには内緒にしておきましょう。この寝顔は私だけのものよ」
ナーベラルはオロチの頭を撫でながら優しく微笑んだ。
◆◆◆
その後しっかりと二時間近く眠ったオロチはようやく朝を迎えた。
とうの昔に昼を越しているが、会社員ではない今のオロチにはどうということはない。
むしろ十二分に睡眠を取ったことで清々しい気分でさえある。
そんなオロチは今、ナーベラルとクレマンティーヌの二人にそれぞれ任務を言い渡していた。
「ナーベラルはコキュートスの手伝いに行ってやってくれ。そこそこ上手くやっているらしいが、慣れない統治で思い通りに進まないことも多いみたいでな。仲の良いお前が近くにいれば、仕事も捗るだろう」
「かしこまりました。オロチ様には無用の心配だと思われますが、どうかお気をつけて」
「ちょうどいい手駒も手に入れたし、心配要らないさ」
「……あぁ、昨夜新しくペットにしたという例の女騎士ですか。フフ……今から会うのが楽しみです。久しぶりに嬲りがいがありそうな相手ですからね」
ナーベラルは嗜虐的な笑みを浮かべてそう言った。
「ま、相手は人間だから程々にな。精神を壊さない限りは、別に何をしても構わないから」
「オロチ様のペットに相応しいように躾けるだけですので、どうかご安心を」
二人の会話を聞いて、『いやいや、それって何も安心できないよね!?』と心の中で叫ぶクレマンティーヌだったが、下手に口を出すと自分に飛び火しかねない。
よく知りもしない相手のために彼女がそんな危険を冒す筈もなく、その思いはそっと胸の内に仕舞い込んでおくことにした。
「クレマンティーヌには、リ・エスティーゼ王国に根を張っている犯罪組織を潰しに行ってもらう。詳しくは現地にいるセバス――ナザリックの執事に聞いてくれ。別に戦力としての働きを期待されているんじゃなく、アドバイザーとして力を貸してやってくれ」
すると、クレマンティーヌの顔が少しだけ強張る。
「……私、いきなりその人に殺されたりしない?」
「大丈夫だ。セバスはナザリックでは珍しい善良な心の持ち主だから、お前が下手なことを口走らなければ問題ないだろう。少なくとも、シャルティアみたいに殺気をばら撒いたりはしないな」
「なら安心だね。ご主人様と離れるのは寂しいけど、しっかりと頑張ってくるよー」
こうして三人はそれぞれ別々に行動をすることになった。
ナーベラルはコキュートスが行なっているリザードマン統治の補佐に。
クレマンティーヌはリ・エスティーゼ王国の犯罪組織を壊滅させるために。
(いい機会だし、ハムスケのやつをナザリックに送って鍛えさせるのもアリかもしれん。たまには色んな相手と戦わせた方が良いだろうし)
約一匹、さらっと地獄行きが決定したようである。