鬼神と死の支配者96

「それじゃあ気をつけてな。特にハムスケは死ぬ気で頑張れよ。あんまり気を抜いて油断していると、あっさり剥製にされるかもしれないから」

 オロチがそう言い放つと、ハムスケはこの世の終わりを迎えるかのように項垂れた。
 ナザリックを知っている分、自身が剥製されてしまう光景が容易に想像できてしまったのだろう。
 人よりも遥かに大きな巨体を震わせ、小動物のようにつぶらな瞳をオロチに向ける。

「せ、拙者、剥製は御免でござるよぉ……」

「死ぬ気で頑張れば大丈夫だって。よほど訓練をサボらなければ剥製にはされないさ。……でも、一部の奴らには気をつけた方が良いかもな」

 幸いにもオロチがボソッと呟いた最後の部分はハムスケには聴こえていなかったようで、無事に身体の震えも収まり、先ほどよりは安堵した表情を浮かべた。

 実際、ハムスケがオロチのペットであるということはナザリックでは周知の事実だ。
 なのでほとんど危険は無いと言える。
 しかし、それでもオロチのペットであるハムスケのことを、一部の配下たちが好ましく思っていないのもまた事実。
 下手に楽をしようなどと考えれば、オロチのペットには相応しくないと剥製にされる可能性も十分にあった。

(ま、ハムスケなら大丈夫だろう。意外と素直でまっすぐな性格をしているし、案外クレマンティーヌよりも先にナザリックに馴染むかもしれん)

 そんなことを考えながら、ハムスケの胸の辺りを毛繕いするように撫でる。
 すると気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らし、身体の余分な力が抜けていく。

「ほらコンスケ、お前もコイツを励ましてやれよ」

「きゅいきゅいっ」

 コンスケはオロチの肩の上に乗ったまま右前足を上にあげ、ハムスケを激励?した。

「おぉ! 大殿、殿。お二方のご期待に添えるようこのハムスケ、命を捨てる覚悟で頑張るでござる!」

 コンスケの言葉に感激した様子のハムスケは、鼻息を荒くしてかなり張り切っているようだ。
 そんなハムスケを見て、本当に捨てることにならないと良いけど……などとは流石のオロチでも言えなかった。

 そして、続けてオロチはナーベラルとクレマンティーヌの方に体を向ける。

「お前たちもそれぞれ与えられた仕事をしっかりこなしてくれ。ナーベラルは直接的な危険は無いだろうけど、コキュートスが取り組んでいるのはナザリックの中でも比較的重要度が高い。期待しているぞ」

「もちろんです! アインズ様に与えられ、オロチ様に期待されているとあれば失敗などあり得ません! 全身全霊でコキュートス様を支えてみせます!」

「クレマンティーヌもセバスの言うことはしっかり聞けよ? お前の方はたぶん戦闘もあるだろうから特に気をつけろ。大丈夫だとは思うが、勝てない相手がいたら逃げても良い。生き残りさえすれば勝ちだからな」

「フフフ、わかったよ。心配してくれてありがとっ」

 二人ともやる気は十分なようで士気は高い。
 今までずっと一緒に行動してきただけに心配な気持ちもあるが、この分なら大丈夫だろう。
 オロチがそれぞれに別れを告げると、ナーベラルの転移魔法により二人と一匹の姿が一瞬でかき消えた。

 

 ◆◆◆

 

 ナーベラルたちと別行動になったオロチは、『今日くらいダラけても良いのでは?』という悪魔の囁きを何とか押し殺し、完全リラックス状態なコンスケを肩に乗せて冒険者組合まで足を運んでいた。
 もしも今朝、気の済むまで眠っていなければ、今頃はコンスケと共に宿屋で眠りこけていたかもしれない。

「うーん、どれもパッとしない依頼ばっかだな。『オーガの集落の殲滅』に、『アンデッドの異常発生の調査』か……。面倒な上に大して依頼料も高くはない。帝国では冒険者よりもワーカーの方が優遇されているってのは、どうやら本当だったみたいだな」

「きゅい?」

 肩の上で器用にリラックスしているコンスケが『受けないの?』と、一鳴きした。

「ああ、絶対に受けないといけない理由も無いし、今はナーベラルも居ないから移動が面倒だ。近場で何か面白い依頼があれば……と思ったんだけどな。そう都合良くはいかないか」

 言語解読の眼鏡を外し、オロチは落胆した様子でそういった。

 今のオロチは一人で行動している。
 唯一の供はコンスケだけだが、オロチもコンスケも移動系の魔法は使えないため、あまり目的地が遠い依頼は受けられない。
 手段がまったく無い訳ではないのだが、この程度のことでわざわざ使うこともないだろう。

「なぁ兄さん、アンタが噂の『月華の英雄』さんかい?」

 オロチが組合の依頼ボードの前で腕を組みながら考え込んでいると、横からそんな声を掛けられた。
 体はそのままで首だけを声がした方に向ける。
 そこにいたのは、見るからに胡散臭そうな笑みを顔に貼り付けたヒョロヒョロの中年男だ。

「何の用だ。サインでも書いて欲しいのか?」

「へっへっへ、たしかに兄さんのサインは欲しいところですが、今はそれとは別件でさぁ。まあ立ち話も何ですし、一杯どうですかい? あっしが奢りますぜ」

 怪しい男からの怪しい誘い。
 普段のオロチであれば、このような輩など一切相手にしないだろう。
 人目につかない場所なら切り捨てていた可能性すらある。

 しかし、今は当てにしていた組合の依頼にもめぼしいものが無く、手持ち無沙汰で暇を持て余していたところであった。
 故に、たまには敢えて怪しい話に飛びつくのも悪くない、そんな気まぐれを起こしたのだ。

「……ま、いいか。ちょうど暇だったし。だが、くだらないことだったらお前の財布が空になるまで奢ってもらうぞ」

「それは怖いですねぇ。でもきっと損はさせませんとも。こちらへどうぞ、オロチ殿」

 そしてその男の先導で組合から出て街を歩いていくと、ずんずんと薄暗い路地を進み、いつのまにかすっかり人気のないジメジメした場所まで連れて来られた。

(おいおい、本当にしょうもない用件なのか? いかにも追い剥ぎに合いそうな薄暗い路地だし、いっそ向こうが仕掛けてくるよりも先にコッチから斬りかかってみるのも……)

「――着きやした。この店はあっしの知り合いがやっている店でして、あまり知られたくないような話をするにはもってこいの場所なんです。ささ、どうぞ」

 まさか自分が斬り殺される一歩手前だったとは夢にも思っていない男は、相変わらず胡散臭い笑顔をオロチに向ける。

「ずいぶんとボロい店だな。別に構わないが」

 ようやく到着したその店は、とてもじゃないが高級店とは言えない外装の店だった。
 ボロボロとまではいかないが、進んで入りたいとは思えない。
 近くを薄汚れたネズミが走っているところを見る限り、衛生状態も怪しいものである。

 そんな店にオロチは足を踏み入れる。
 ふとコンスケが大人しいと思い、肩の方に視線を向けると、そこにはスヤスヤと眠っている子狐の姿があった。
 どんな時でも眠れるコンスケは、もしかするとナザリックで一番の肝っ玉の持ち主かもしれない。

 

   

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