オロチは3日後にエルヤー・ウズルスというワーカーを殺害する依頼を受けたのだが、だからといって今は何もすることがない。
むしろ予定が決まってしまったことで、あまり活動的にならなくても良い、そんな気持ちを抱きつつあった。
「あー、暇だなー。いざ一人になってみると、今までナーベラルが側に居ただけに何をして良いか分からん」
「きゅい? きゅいっ!」
「おっと。ああ、そうだな。お前が居るから一人でじゃなかった。すまんすまん」
ペシペシと尻尾で攻撃してくるコンスケをなだめつつ、オロチは今ある時間をどうしたものかと思案する。
しかし、こういう時に限って特に面白そうなことは起きないものだ。
この世界に転移してからというもの、オロチが何か行動するまでもなく騒動の方から転がり込んできていた為に、自分から探し始めても中々見つからない。
その後は結局、夕方になるまで街をブラついただけで、収穫といえば買い食いした屋台飯くらいであった。
「……コンスケ、一日ってこんなにも早く終わるんだな。俺、知らんかったよ」
沈んでいく夕日を眺めながら、オロチはポツリとそんなことを呟いた。
「きゅい? ……きゅい!」
すると、それまで屋台で買った焼き鳥のような串を幸せそうに頬張っていたコンスケが突然走り出した。
「お、おい、コンスケ!?」
今のコンスケは肩に乗れるくらいの大きさなので、非常に小さくてすばしっこい。
慌てて走り出したコンスケの後を追うが、そのスピードはオロチでさえ気を抜けば見失ってしまいかねないほどの動きだった。
後ろから追いかけるオロチのことは御構い無しに、どんどん薄暗い路地へと進んでいくコンスケ。
そして気づけば、ポゥに案内された店の近くまで来ていた。
大通りの活気が嘘のように静まり返り、人攫いにでも遭いそうな不気味な雰囲気の場所だ。
あまり長居したいような場所ではない。
「へへへ、いいから大人しくしてろガキ共。あんまり暴れると痛い目に合わせるぞ?」
そんな野太い男の声まで聞こえてくる気がする。
「……って、今のは幻聴じゃないぞ」
コンスケもその声が聞こえてきた方向に向かっていったので、オロチも気配を消しながらそちらに移動する。
するとその先には、今まさに誘拐されそうになっている二人の少女の姿があった。
見た目が瓜二つなので双子の姉妹かもしれない。
いかにもな悪人ヅラの三人組に追い込まれ、その二人の少女は身体を寄せ合ってぶるぶると震えている。
「きゅい!」
「な、なんだコイツ!?」
なんと、そこへコンスケが飛び出して行ってしまった。
まるで颯爽と駆けつける騎士のように男と少女の間に割り込み、威嚇するように9本の尻尾を揺らめかせる。
気分は悪に立ち向かう勇者だろうか?
コンスケが出せる精一杯の迫力を前面に押し出し、後ろで震える少女たちを守ろうとしている。
しかし、今のコンスケは可愛らしい子狐の姿をしているのだ。
その状態でも人間程度なら容易く屠れるが、当然威圧感などは皆無であり、いくら凄んでも小動物に見つめられているくらいにしか感じられない。
「おいおい、9本の尾を持つ魔獣なんて高値で売り捌けるんじゃないか?」
「ああ、間違いない。ずいぶん綺麗な毛並みをしているし、ガキと一緒に貴族のところに持っていけば、それだけで一生遊んで暮らせるかもしれねぇ。お前ら、絶対に逃すんじゃねぇぞ」
突如姿を見せたコンスケに一瞬だけ面食らった様子の人攫いたちだったが、大して脅威ではないと判断したようで、逃げられないようにジワジワとにじり寄ってくる。
一方でコンスケはチラチラとオロチに視線を送り、ヒーローの登場を待ちわびているような表情を浮かべていた。
(……もしかして、コンスケなりに俺の暇を潰そうとしてくれてるのか?)
そう考えればコンスケの行動にも納得ができる。
そして、折角コンスケが与えてくれた機会を無駄にするなどオロチにはできない。
いや、ナザリックのメンバーであればそんな真似は誰にもできないだろう。
コンスケの気遣いに苦笑しながら、オロチはそれでも少女たちを救うべく動き出した。
「はいはい、そこまでだ。お前さんら、今大人しく引き下がるんなら五体満足で帰れるぞ?」
オロチは今もなお威嚇し続けるコンスケの横に立ち、怯える少女たちを守るように立ち塞がる。
またしても現れた乱入者に男たちは身構えるが、その相手が見るからに非力そうな子供だと分かると、すぐに侮るような嘲笑を浮かべた。
「……ぷっ、ギャハハハハ!! なんだ今度はガキかよ。正義の味方にでも憧れてんのか? 死にたくなかったらさっさとそこを退け」
「待て。よく見てみると、コイツもかなり良い見た目をしてるぜ。貴族の中には変態趣味の奴なんてごまんといるから、男でもコレかなりの値で売れるはずだ」
嘲笑から一転、人攫いたちはオロチさえも獲物として見始めた。
ギラギラと欲望がこもった視線を向けられるのは不快だ。
オロチにとってよく知りもしない人間など虫ケラ程度にしか思っていないが、その虫ケラになめられているなど我慢ならない。
だがしかし、今すぐ目の前のゴミ共を感情の赴くままに血祭りにあげれば、背後にいるまだ幼い子供たちには深いトラウマになってしまうだろう。
それはコンスケの思惑とは大きく外れてしまうかもしれない。
故にオロチは殺意をグッと堪えた。
「……はぁ、阿呆どもが。もう一度だけ言うぞ――失せろ」
その瞬間、ゾワリ、と人攫いの男たちに悪寒が走る。
目の前の少年に視線を向けられているだけなのに、それだけで身動きが取れないほど身体が硬直してしまう。
大の男が恐怖で怯える姿はひどく滑稽だった。
「あ、あぁ……に、逃げろぉ!」
「待て、待ってくれっ」
初めに硬直から抜け出した男が我先にと逃げ出すと、それに続くように残る二人も慌ててこの場から逃げていった。
そして、オロチは後ろに振り返り、攫われそうになっていた少女たちに声を掛ける。
「怪我は無いみたいだが、大丈夫か? 」
そう問われた少女たちは突然の展開に戸惑っていたようだったが、それでもオロチに助けられたことは理解しているらしく、不安げな表情を一変させてニコッと子供らしい笑みを浮かべた。
「私の名前はクーデリカ」
「私はウレイリカ」
『助けてくれてありがとう!』
見た目が瓜二つな二人の少女は、声を揃えてオロチに礼を言った。