クーデリカ、そしてウレイリカと名乗った二人の少女は、平民とは思えない整った身なりと容姿をしている。
そんな子供が二人でこんな場所にいるなど、悪人に対して襲ってくださいと言っているようなものだ。
先ほどの男たちには、彼女たちが金貨の山にでも見えていたことだろう。
「礼ならこっちのコンスケに言ってやってくれ。コイツがお前たちに気づいたから、俺もここまで来れたんだしな」
オロチがコンスケを指差してそう言うと、二人の視線がコンスケに向けられた。
「きゅい?」
急に名前を呼ばれたコンスケは、首をコテンと傾げる。
「狐さんも助けてくれてありがとう! すっごくかわいい狐さんだね、ウレイリカ」
「うん、そうだねクーデリカ。こんなにかわいい狐さんは見たことないよ」
「きゅいきゅい」
クーデリカとウレイリカはしゃがんでコンスケを撫で始める。
「見て見てウレイリカ、この狐さんの毛並みすっごくサラサラだよ!」
「まるでおとぎ話に出てくる神獣さんみたい……アルシェお姉様にも見せてあげたいねっ、クーデリカ」
やはりコンスケの魅力というのは種族を問わずに通じるらしく、ナザリックが誇る最強のマスコットは子供たちから見ても愛らしい姿をしているようだ。
コンスケを褒められると、当然その親であるオロチも嬉しい。
有象無象から見どころのある子供へと、オロチの中でこの姉妹に対する評価が急上昇した瞬間だった。
「で、お前たちはなんでこんな所にいるんだ? さっさと家に帰らないと、またさっきの連中みたいなのが性懲りもなくまた寄ってくるぞ」
この辺りの治安は悪い。
今オロチがこの場から離れれば、暴力に抗う手段を持たない童など格好の獲物である。
数分も経たないうちに悪人たちが押し寄せ、この姉妹は為す術もなく悪意の餌食となるだろう。
「……ねぇ、クーデリカ。この人なら大丈夫なんじゃない?」
「そうだねウレイリカ。きっとこの人なら大丈夫だよ」
「ん?」
何やらオロチに隠れてヒソヒソと相談し始める双子の姉妹。
悪だくみするにしてはずいぶんとお粗末すぎるが、この二人から悪意は感じないので、単純にオロチには知られたくない秘密でもあるのだろう。
ただ、この距離ならたとえ声を潜めようとも、オロチの聴覚では正確にその声を拾ってしまう。
子供の相談話を盗み聞きするのはなんとなく嫌だったので、オロチは意識的に聞き取らないように気を逸らした。
そして、相談し終わった姉妹が改めてオロチに向き直る。
その表情はただの幼子ではなく、覚悟を決めた人間の顔つきだった。
「お兄さん、私たちからお願いがあるの」
「あるの」
そう言って姉妹はオロチの目を真っ直ぐに見つめる。
穢れをまるで知らないようなその瞳を向けられると、オロチは少しだけ居心地が悪くなった。
ただ、半日費やしても見つからなかった暇つぶしがようやく見つかったのだ。
この姉妹は運が良い。
いつものオロチであれば面倒だと斬って捨てるようなことでも、今はその面倒さえ愛おしく感じる。
その上、この二人がコンスケを褒めたことで、オロチが上機嫌になっているというのもプラスに働いていた。
「いいぜ、乗りかかった船だ。最後まで面倒をみてやろう。できる限りは助けてやる」
オロチが快諾すると、二人はそっくりな顔を同時に破顔させる。
「じゃあ……私たちにお金をください!」
「ください!」
「……金?」
オロチは予想の斜め上をいく答えを聞き、呆気にとられた。
(コイツら身なりからして金持ちの子供っぽいし、金に困っているとは思えないんだが?)
二人は見るからに高価なドレスを身にまとっている。
子供にこんなものを着せる親など金持ちの貴族か商人だけであり、彼女たちが平民の子供ではないのは明らかだ。
であれば、その親に強請ればいくらでも用立ててもらえるだろう。
にもかかわらず金が必要だと言う姉妹に、オロチは疑問を抱く。
「金、か。それで、いくら欲しいんだ?」
オロチがそう尋ねると、クーデリカの方がすっと指を3本立てて突き出した。
銀貨……いや、金貨3枚だろうか。
金貨3枚といえば、平民の家族がひと月の間なに不自由なく暮らせるくらいの額だ。
一般市民にとっては結構な大金ではあるが、オロチからすれば決して払えない額ではない。
(それくらいなら……まぁ、いいか)
金貨3枚くらいならばくれてやってもいいとオロチは考えていた。
常識的に考えると、子供にタダでくれてやるには些か大きすぎる金額ではある。
しかし、人外の鬼にそんな常識を求める方が間違っているだろう。
元々あった人としての良識はもはや残滓しか残っておらず、文字通り身も心も鬼と化しているのだから。
「私たちには――金貨300枚が必要なの!」
「なの!」
「…………は?」
しかし、姉妹が提示していたのは金貨3枚ではなく、なんと金貨300枚だった。
想定していた百倍の金額である。
もっとも、それでも冒険者として大量の金貨を稼ぐオロチならば払えなくはない。
払えなくはないが、流石にその額は気まぐれで支払える額ではないのは確かだ。
オロチが稼いだ金は、そのほとんどが配下たちに活動資金として分配されている。
いきなり金貨を300枚も他人に譲れば、確実に配下たちへの供給が滞ってしまう筈だ。
それはナザリックの支配者のひとりとして、到底看過できることではない。
「……何故金貨がそんなに大量に必要なんだ? そんな大金、子供が持っていても良いことはないぞ?」
とはいえ、オロチは既に面倒をみると言ってしまっている。
その言葉を違えるのは、自身の信条に反する行為だ。
たとえその相手が子供であっても変わらない。
故にこの姉妹たちを、『世間知らずな童』として笑い飛ばすことはオロチにはできなかった。
「実は――」
「クーデ! ウレイ! こんなところで何をしているの!?」
クーデリカが話す前に、そんな悲鳴に近い女性の声が聞こえてきた。