鬼神と死の支配者101

 アルシェと名乗ったワーカーとその妹である双子と出会った翌日、オロチとコンスケは是非お礼がしたいと言う彼女たちに招待され、自宅があるらしい高級住宅街まで足を運んでいた。

 巡回の兵士が多いのであまり進んで訪れたいとは思わない場所だが、実はこの辺りに来るのはこれで二度目である。
 つい先日、愚かにもナザリックへの侵略を企てていたフェメールという貴族の男の首を取りに、オロチはこの近くまで来たばかりだったのだ。

 その時は既に日が落ちて暗闇だったこともあり、ゆっくりと周囲の景色を見る暇など無かったが、この区画にある屋敷はどれもこれも豪華で派手な見た目をしていた。
 中には見た目を重視するあまり、居住性をかなぐり捨てたようなものまである。

「貴族って生き物は、見栄を何よりも大事にするらしい……そういえば前世にも居たな、そんな奴ら」

 オロチはポツリとそんなことを呟いた。

 思い出すのは前世での支配階級の者たちだ。
 全人口の僅か数パーセントしか居ない、生まれながらの支配者である彼ら。

 大企業によって文字通り世界の全てが支配されているので、誰も逆らおうなどとは考えないし、逆らえない。
 全ての人がそうではないだろうが、気まぐれで人ひとりの人生を壊すような行いも平気でする外道もいた。
 その振る舞いはまさに王様である。

 タチが悪いのは、冗談抜きに王様のような力があることだろう。
 前世に於いてもしも彼らに逆らえば、生きていくこともままならないほどの生活を強いられるのだ。
 まともな思考ができる者なら、そんな支配者たちに逆らおうなどとはまず思わない。

 かくいうオロチ自身も、その支配者による気まぐれの余波を受けた経験があった。
 しかし、今とは違いただの一般人であったオロチにはどうすることもできず、歯を食いしばってジッと耐えた悔しさは今でも忘れられない。

「きゅい?」

 暗い表情をしていたオロチを心配するように、コンスケが『大丈夫?』と顔を覗き込んでくる。
 それに対して、オロチは手をパタパタさせながら少しだけ微笑んだ。

「大丈夫だって。ただ、少し嫌なことを思い出してな。もう過去のことだから何も気にする必要はないさ」

「きゅい? ……きゅいっ!」

 オロチの言葉に安心したのか、コンスケは自分の身体をオロチに擦り付けて甘え始める。
 主人であるオロチが浮かない表情をしているのは、コンスケにとっても嬉しい事ではない。
 ナーベラルやクレマンティーヌ、そしてハムスケが居ない今、自分がオロチを支えるのだと、コンスケは密かに決意した。

 

 ◆◆◆

 

「……これ、本当に金に困っている奴が住んでいる家か?」

 立派な屋敷を前にして、思わずそんなことを呟くオロチ。

 クーデリカとウレイリカが子供用の立派なドレスを着ていたので、彼女たちが貴族、もしくはそれに準ずる家の子供である可能性は十分に予想できる。
 だがそれでも、娘がワーカーをしているくらいなのだから、ある程度は困窮しているものだと判断していた。

 しかし、目の前の屋敷からは金に困っているような感じはしない。

 外から見る限りではどこも手入れが行き届いており、屋敷内では何人かの使用人が働いている姿も見えた。
 本当に金に困っているのであれば使用人など雇えるはずもないし、ここまで広い屋敷を管理できないだろう。

「何か理由がありそうだな。危険なワーカーなんてやっているくらいだし」

 そんなことを考えながらオロチがぼーっと屋敷を眺めていると、敷地内で何やら作業をしていた執事服の男性が声を掛けてきた。

「失礼ですが、オロチ様でお間違いありませんか?」

「ああ、俺がオロチだが……」

 オロチがそう答えると、既に初老を迎えているであろうその執事は、温和な笑みを浮かべて手本のような一礼をした。

「お待ちしておりました。私は当家で執事をしております、ジャイムスと申します。アルシェお嬢様からオロチ様の事はお聞きしておりますので、どうぞこちらへ」

 執事服の老人は門を慣れた手つきで開き、敷地内にオロチを招き入れる。

「これはご丁寧にどうも。貴族の屋敷に招待されるのは初めてだから、一体どうしたものかと考えていたところだったんだ。出迎えてもらって助かったよ」

 敷地内に足を踏み入れながらオロチがそう言うと、執事のジャイムスは途端に神妙な顔付きになり、周囲をキョロキョロし始めた。
 そして、近くに人影が無いことを確認すると、ジャイムスは声を潜めながらオロチに話し掛ける。

「……オロチ様、この家は既に貴族ではありません。正確に言えば没落した元貴族と言うのが正しいです。そして、そういった話題はできればもっと人目につかない所でお願いします。貴族云々という話は、この屋敷内では禁句ですので」

「ふーん。元貴族、ねぇ」

 ジャイムスにそう忠告され、オロチは改めてぐるりと周囲を見渡した。

(チラッと見ただけじゃ分からなかったけど、言われてみれば確かに庭の剪定もどことなく乱雑だ。まるで素人がそれっぽく整えましたって感じ。ま、それこそ素人の俺にはあんまり違いなんて分からないんだけどさ)

 逆に言えば、素人であるオロチから見てもわかるくらいには雑な仕事だということだ。
 それに加えて、広い敷地と大きな屋敷に気を取られてオロチ気付いていなかったが、この屋敷の外壁は周辺にある他の屋敷のものと比べてかなり薄汚れている。

 貴族というのは見栄を張る生き物なので、普通ならこういった細かいところまで金を掛けてでも完璧に仕上げるものなのだ。
 つまりこの屋敷の持ち主には、もはやそれを実行するだけの財力は既に無いということである。

 以前はしっかりと整っていたであろう庭園は、一応は見られるようにはなっているが、これでは他の貴族たちから失笑を買うこと間違いなしであった。

「特に、旦那様の前では絶対にその話はしないでください。旦那様は没落した今でも、自分は貴族だと仰っていますから……」

「ああ、わかった。気を付けるよ」

 

   

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