鬼神と死の支配者102

「お兄さんが来てくれたよっ、ウレイリカ」

「狐さんも一緒だねっ、クーデリカ」

 ジャイムスの案内でとある部屋に案内されると、オロチはそんな元気に溢れた張りのある声に出迎えられた。
 そして彼女たちは、オロチの腕を左右それぞれ姉妹が掴み、飛んで跳ねての大はしゃぎだ。

「では私はこれで失礼します。どうぞごゆっくり」

 はしゃいでいる双子を微笑ましそうに見つめた後、ジャイムスはそう言って立ち去っていった。

 些か年齢は幼いが、まさしく両手に花という状態で一人放置されてしまったオロチは、一体どうしたものかと困り果てる。
 子供が嫌い、苦手ということは無いが、特別好きだということもないのだ。
 そんなオロチにとって、いきなりこのような大歓迎を受けても戸惑ってしまうというのが本音だった。

「クーデ、ウレイ、オロチ殿が困っている。嬉しいのは分かるけど、早くこっちに連れてきて」

 すると、部屋の奥に座っていたアルシェが双子に声を掛けた。
 双子は『はーい!』と声を揃えて返事をし、今度はオロチの腕引っ張って急かし始める。
 ピンク色のドレスを着ているクーデリカが左手を、薄水色のドレスを着ているウレイリカが右手をそれぞれ抱きしめるように掴んで離さない。

 彼女たちを助けたとはいえ、ずいぶん懐かれたものだとオロチの口から苦笑が漏れる。

「昨日会ったばかりの怪しい奴にここまで心を開くなんて、一体どういう教育をしているんだ?」

「この子たちがここまで懐くのは滅多に無い。きっと、貴方だからだと思う。もちろん、私自身も信頼している」

 姉妹揃ってとんだ節穴だな、と口には出さなかったが内心でそう思った。

(……いや、今の俺には騙そうとかいう悪意は無いんだから、そういう意味では見る目があるのか?)

 オロチが味方以外に優しさを見せることはほとんどない。
 ナザリックにいる家族のためであれば、如何なる困難にでも立ち向かっていくだけの覚悟はあるが、それはあくまで身内にだけ見せる優しさだ。
 それがナザリックの外に向けられることは極めて稀である。

 その点、今回の彼女たちはかなり運が良かった。
 極めて稀な例であるオロチの気まぐれを引き当て、絶大な力を持っている彼を無償で味方に付けたのだから。

「どうぞ座って。大した持て成しはできないけど、客人に紅茶と菓子余裕くらいはあるから」

 アルシェがそう言って席を立つと、同時に双子たちもオロチから離れていった。
 おそらく、姉であるアルシェを手伝いに行ったのだろう。

 大人しく言われた通り椅子に腰掛け、コンスケと戯れながら待機していると、中々に品の良い紅茶の香りが漂ってきた。

「どうぞっ」

「こっちもどうぞっ」

 クーデリカとウレイリカが紅茶と菓子を運んできた。
 それを後ろから見守っていたのがアルシェだ。

 そして各々が席につくと、アルシェが話しかけてくる、

「そう言えば、オロチ殿の対戦相手について聞いていなかった。もう決まっているの?」

「ああ、確か……エルヤーなんとかって奴だ」

「エルヤー!? もしかして対戦相手は『あの』エルヤー・ウズルスなの!?」

 オロチがエルヤーという名前を出すと、それを聞いたアルシェが血相を変えて声を荒げた。
 突然大声を出したことで、双子はもちろん、コンスケまでビクッと身体を震わせて驚いている。

「急に大声を出すんじゃない」

「す、すまない……って、そうじゃなくて! 本当に貴方の対戦相手はあのエルヤー・ウズルスなのか?」

「あの、って言われても誰のことかは知らんが、たぶん合っているだろうな。帝国にエルヤー・ウズルスが大量にいない限りは」

「……悪い事は言わない。その試合は棄権すべき。最近は試合での死亡率が下がっているとは言え、相手が危険すぎる。最悪、命を落としてしまうかもしれない」

 真剣な表情を浮かべたアルシェがそう言い放つ。
 しかし、一方でオロチは自分が何を言われているのかが全く分からなかった。

 命を落としてしまう?
 誰が?
 対戦相手のエルヤーが?
 それとも、まさか自分が?

「――ハッ、ハハハハハッ! 面白い冗談だな、それ。ここ最近で一番笑ったぞ」

 オロチにとってこの世界の強者など取るに足らない相手なので、勝つことを当たり前だと思っていた。
 もしもアルシェの発言が、オロチの身を案じてのものではなく、少しでも侮辱や侮りが含まれていれば……きっとオロチは彼女を殺していただろう。

「決して冗談じゃない。エルヤー・ウズルスの剣の腕は、英雄と謳われる王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ殿と並び称されるほどなの。現にエルヤー闘技場で無敗を誇っているし、どの試合もかなり圧倒的な内容だった。とても常人に勝ち目はない」

「ガゼフ、か。それは残念だな」

 オロチの呟きを聞いたアルシェは、ようやく言葉が届いたと思いホッと安堵する。

「大丈夫だ。今ならまだ――」

「あの程度じゃあ足りないんだよ。ガゼフのような残念剣士レベルでは、俺は満足させることさえもできん。それならせめて100人くらいは集めて欲しいところだ」

 しかし、オロチの呟きは決して諦めるという意味では無かった。
 その呟きは、落胆。
 今更ガゼフ程度の力量しかない者を相手にしてもつまらない。
 それならばクレマンティーヌを鍛えている方がまだ楽しいだろう、そんな呟きだった。

「それに、そもそもこの試合を受けるのは決定事項だ。この双子と会う前から決まっていたことだし、お前が何と言おうとも棄権なんてする訳ない」

 オロチの中で、エルヤー・ウズルスを試合で殺す事はもはや決定事項であった。
 それは双子やアルシェの為ではなく、ポゥから提示された報酬が気になっているからだ。

 自分たちと同様に、この世界に転移して来ていたユグドラシルプレイヤーと思われる『八欲王』。
 ユグドラシルプレイヤーが遺した遺産が本当にあるのなら、それはナザリックで回収、管理しておかなければならない。

 この世界に自分たちを脅かすような存在がいるかどうかは分からないが、その芽を潰すという意味でも手元に置いておくべきだ。
 ユグドラシルの課金アイテムの中には、オロチでさえ殺してしまうような性能を秘めたアイテムまであるのだから。

 

   

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