大きなテーブルの上に積み重ねられている大量の皿の山。
それら全てには数分前まで料理が盛り付けられていたのだが、既にそのテーブルの上にはほとんど料理は残っていない。
そこに座っている一人と一匹によって、ペロリと平らげられてしまったからだ。
「コンスケ、これ美味いぞ。食べてみろよ」
「きゅいっ」
もちろん、その一人と一匹とはオロチとコンスケのことである。
彼らは運ばれてきた料理を次々と胃袋に収めていき、次第に空いた皿の回収が追いつかなくなってしまうほどのスピードで、皿に盛り付けられた料理を食べ尽くしていた。
そして当然だが、このレストランの客はオロチとコンスケだけではなく、それなりに多くの客が入っている。
故に厨房のコックもホールのウェイトレスも、未だ経験したことのないほど忙しなく動き回っていた。
「これと……あとこれとこれ、それぞれ5人前ずつ追加で持って来てくれ」
「は、はいっ。ただ今ご用意致します!」
しかし、まだオロチとコンスケは満足していないようで、注文を受けた若いウェイトレスが早足で厨房に入って行った。
その際に持てるだけの皿を抱えていくのだが、それでもまだオロチのテーブルには多くの皿が取り残されている。
もちろん店側としても早く回収したいのだろうが、手が空いている従業員は一人もいないのだ。
そして厨房の中では……
「料理の追加をお願いします! あのテーブルのお客様から、追加のオーダーが入りました!」
「またか!? 一体どんな胃袋をしているんだ! おい、お前はそっちを頼む。お前は――」
オロチが大量に注文したことで、レストランの厨房は料理長の怒声が飛び交う戦場と化していた。
初めに大量の注文を受けた時はタチの悪い嫌がらせかと思ったのだが、次々と涼しい顔で平らげていくオロチの姿に、料理人としてのプライドに火がついたのだ。
だが、料理を作るペースよりも食べるペースの方が僅かに早く、今のようなギリギリ食らいついているという忙しさを生み出していた。
「よしっ、出来上がったぞ! あそこのテーブルに持って行ってくれ」
「はいっ!」
厨房がそんな状態になっていることなど露知らず、オロチは変わらずに残っている料理を口に運んでいた。
昨夜は眠りについた時間が遅かったというのもあり、当たり前のように寝過ごしてしまったオロチは朝食を食べ損ねたのだ。
彼の身体はかなり燃費の悪い身体をしており、その代わりと言わんばかりに昼食を食い漁っているのである。
その食べっぷりを見て遠巻きに感嘆している者や、このレストランが高級宿に併設されている格式高い場所ということもあってか、食い意地の張った者として嘲笑するなど様々だ。
中にはオロチの正体に気付き、何とか縁を結ぼうとする者もいるが、彼が無意識に発している威圧感もあって中々近づけないでいた。
もっとも、くだらない話で食事を中断されるとほぼ確実に不機嫌になる為、その者たちにとっては幸運と言えるのだが。
「……ふぅ。コンスケ、そろそろ満足したか?」
「きゅい? きゅい!」
「そうか。じゃあ最後にデザートを食べて終わりだな」
「きゅい!」
その呟きを聞いた者たちはまだ食べるのかと、一人と一匹に対して呆れと驚愕の視線を送る。
だがそんな視線に気付きつつも全く動じないオロチは、近くを通りかかったウェイトレスにいくつかのデザートを追加で注文した。
(昼飯にしては少し食べ過ぎたか? ……まぁ、美味かったんだから仕方ないか。コンスケも満足しているみたいだし)
「きゅい?」
「フフ、なんでもない。さ、ラストのデザートが来るまでにこれを片付けようぜ」
「きゅいっ!」
◆◆◆
食事を終えた頃合いを見計らったようなタイミングで、一人の男性がオロチとコンスケの席に近づいていく。
燕尾服を着こなしたその壮年の男は、オロチに話しかける前に一礼をした。
「オロチ様、お迎えに上がりました」
「ん? ……あぁ、この時間に来たってことはポゥの関係者か。ナイスタイミングだな。ちょうど昼飯を食べ終わったところだから、今すぐにでも出られるぞ」
オロチは昨晩、ポゥに昼頃に迎えに来いと言ってある。
この時間に声を掛けてきたということは、彼がポゥの使い……正確にはポゥの雇い主の使いなのだろう。
「それは重畳。表に馬車をご用意しております。準備ができましたら私にお声を掛けてください。私は店のすぐ外で待機しておりますので」
「あいよ。ここの会計が終わったらすぐに行く」
燕尾服の男性は再び一礼した後、どこか気品を感じさせる歩き方で入り口の方に歩いていった。
オロチは通りがかったウェイトレスを呼び止め、テーブルの上に金貨を数枚取り出す。
「代金はこれくらいで足りるか?」
「じゅ、十分です! むしろかなり多いくらいですよ!?」
「なら残りはチップとして皆んなで分けてくれ。ご馳走さん」
「あ、ありがとうございます!」
深々と頭を下げるウェイトレスに礼を言い、オロチは燕尾服の男の後を追いかけた。
その時、厨房の方から勝利の雄叫びが聞こえてきた気がするが、おそらくはオロチの気のせいだろう。
「待たせたな。それじゃ、早いとこアンタの雇い主のところに案内してくれ」
「かしこまりました。ではどうぞ、こちらへ」
男の後ろをついていくと、かなり豪華な馬車の元に案内された。
街中を走っている馬車を何台か見かけているが、目の前にあるこの馬車の方が群を抜いて立派な代物である。
(こんな馬車迎えに寄越すってことは、雇い主はそれなりに厚遇しようとしてくれているのかね?)
冒険者やワーカーという職業は、権力者たちから侮られがちだ。
野蛮人などと見下している貴族も少なくない。
そんな中でこれほど立派な馬車を送迎に使うということは、雇い主とやらはオロチを無下にするつもりはない、暗にそう伝えているのだろう。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。これに乗れば良いんだよな?」
「ええ、そうです」
オロチが乗り込むと、燕尾服の男も御者に一言二言告げてから同様に乗り込んできた。
そして馬車はそのまま街の中を走っていく。
「アンタらの主人ってのは、やっぱり貴族なのか?」
「ええ、そうです。帝国内でもかなりの力を持っている貴族家のご当主様でございます」
やはりか、とオロチは内心納得した。
そして力を持っているというのなら、報酬として提示されたユグドラシルプレイヤーの遺産も本物である可能性が高まってくる。
もしも偽物であっても、代わりとしてそれなりの報酬が期待できるというものだ。
オロチは馬車に揺られながら、密かに期待度を引き上げるのだった。