馬車に揺られること約十数分、どうやら目的地に到着したようだ。
ここまで案内してくれた男性に促されるまま馬車から降りると、大きな……それこそアルシェの実家よりもはるかに立派で大きな屋敷が視界に飛び込んできた。
もちろん何処も隅々にまで手入れが行き届いており、莫大な費用を惜しみなく注いでいることが見て取れる。
見せかけだけではなく、少なくとも金に困っている訳ではないらしい。
「貴族の屋敷ってのは、なんでこうもデカくしたがるんだ? これだけ広いと生活するのも一苦労だろうに」
「お屋敷というのは力の象徴ですから、多少の不便さは気にしないのですよ。なので貴族の方々には、居住性よりも見た目が華やかで煌びやかなお屋敷が好まれるのです」
「おっと、すまん。アンタの前で言うことじゃなかったな。さっきのは独り言だから気にしないでくれ」
「いえいえ、どうかお気になさらずに。ご当主様は貴族の方々からも変わり者と呼ばれるほどのお方ですから、非公式の場であれば大抵のことは流してしまうのですよ。ただ、できれば胸の内に秘めておいて頂けると……」
「ああ、了解だ」
思わず出てしまった本音を聞かれてしまい、少しだけ焦ったが、どうやらここの主人は寛大な心の持ち主のようだ。
そういう相手とオロチの相性は良い。
鬼に転生したことで唯我独尊気味になっている為、彼の言動は自尊心が高い人物にとっては争いの種にしかならないのである。
短気ですぐにキレる、尚且つ後先考えない馬鹿はオロチとの相性が最悪と言っていい相手だった。
幸いにも今回の依頼者はそういう類いの人間ではないらしい。
◆◆◆
「よくぞ来てくれました、オロチ殿。本来であればこちらから出向きたいところだったのですが、貴族という身分はかなり面倒でして……中々気軽に外出もできないのです。しかし、お越し頂いたからには最大限の歓待をお約束致します」
執務室のような場所に案内されたオロチは、入室すると同時に30代前半くらいの男からそんな歓迎を受けた。
本心はどうであれ、少なくともその言葉からは悪感情を感じない。
つまり、現時点ではオロチと敵対しようという気持ちは無いのだろう。
報酬を支払いたくなくてオロチを亡き者に……そんな可能性も僅かにだが考えられたので、オロチとしては厄介なことにならず一安心だった。
「そりゃ有難い。俺は貴族だからって態度は変えないから、そう言ってもらえると助かるよ」
「ええ、我が家だと思って寛いで頂ければ幸いです」
ほとんどの貴族は今のオロチの発言を聞けば、激昂して部下に首を刎ねるように命令を下してしまうだろう。
武闘派であれば自ら剣を抜いて切り掛かって来てもおかしくない。
しかし、この男は違った。
オロチの不遜な態度にも気にした様子はなく、それどころか微笑みさえ見せる心の余裕が見える。
案内人が言っていた変わり者というのは本当らしい。
金髪で整った容姿も相まって、貴公子という言葉がピッタリ当てはまるような男だった。
「おっと、そういえばまだ自己紹介がまだでしたね。私の名前はアルベルト・ウェイン。ウェイン侯爵家の当主をやっています」
「侯爵家、か。思ってたよりも大物だったな。依頼して来たのだから知っているだろうが、俺の名前はオロチだ。一応冒険者をやっている」
「フフ、もちろん存じ上げておりますよ。貴方と出会えたのは間違いなく僥倖でした。――オロチ殿、今回は仇敵エルヤーを討っていただき、本当に感謝しております」
突然アルベルトは姿勢を正し、深々と頭を下げた。
仇敵、つまりはアルベルトの親しい人物をエルヤーに殺されているということだろう。
「俺は報酬に釣られただけの冒険者だ。そんなに畏まる必要は無い」
「……おや、ずいぶん聞かされた印象と違いますね」
「印象?」
「ええ、私の部下……ポゥからの報告では、下手な対応をすると即座に首が飛ぶという話をされましたから。それもあまりに彼が必死だったので、これでもかなり緊張していたのですよ」
「……脅しすぎたか」
オロチは昨夜、ポゥを軽く脅していたことを思い出した。
自分としては本当に軽くのつもりだったのだが、思いのほかあの脅しは刺激が強すぎたらしい。
その証拠にアルベルトをよく観察してみれば、額に薄っすらと汗が流れていることが確認できた。
(今思えば、あの時はポゥに気分次第で殺すぞ?みたいなことを言っていた気がする……。そりゃそんなことを言われれば誰でもビビるわな。我ながらアレは流石に失敗だったみたいだ)
必要以上に威圧していたと知り、オロチは自らの失敗を悟る。
今回はアルベルトの胆力が平均よりも上だったから良かったものの、怯えられすぎるというのも問題だ。
話が円滑に進まなくなってしまう可能性がグッと高まるのだから。
次からは気をつけよう、そう心に誓った。
「あー、俺のことについてなんて言われているのかは知らないが、変なことをされない限りは大丈夫だから。それよりも、早速だが報酬の品を見せてくれないか? 俺としては早く確認しておきたいんだ」
「ええ、それはもちろん構いませんよ」
そう言ってアルベルトは部屋の隅に控えていたメイドに目配せした。
するとそのメイドが部屋から一度退出し、そして数分と経たずにまた戻ってくる。
その腕には木箱が抱えられており、木箱の中に報酬として提示されていたアイテムが入っているのだろう。
「それが八欲王の遺産とやらか?」
「はい。先代が大金をかけ、オークションで競り落とした物です。……ですが本当に宜しいのですか? 確かにこのアイテムは八欲王が遺したと言われていますが、その効果は今でも分かっていません。持ち主である私が言うのも何ですが、使い道は美術品くらいしか無いでしょう。代わりの報酬を用意することも可能なのですよ?」
アルベルトはそう言うが、このアイテムが本当に八欲王――ユグドラシルプレイヤーの遺産であれば、オロチの答えは決まっている。
「ま、とりあえず見せてくれ。何か分かるかもしれないし」