オロチはメイドが運んできた木箱を開け、その中を覗き込んだ。
中には緩衝材として綿のようなものが敷き詰められており、そしてそれらに包まれるように水晶玉のような透明な球体が入っている。
「水晶? いや、これは……」
「どうかしましたか? やはり気に入らないのであればすぐに別の物を――」
「いや、これで良い。知り合いにこういう曰く付きのアイテムを集めている奴がいるんだ。大した効果が無くても、これだけ不思議な雰囲気を放っていれば土産にはちょうどいい」
「そうであれば良いのですが……」
代替品を用意すると提案されたが、それでも木箱に入った水晶の方を報酬として望んだ。
もちろん、オロチの口から咄嗟に出た言葉は完全な出任せであり、そんな知り合いなど存在しない。
(当たりどころか大当たりかもしれないぞ、これは)
そして水晶をジッと見つめ、内心でほくそ笑むオロチ。
もしもこのアイテムが彼の想像通りの代物であれば、ほぼ間違いなくこれ以上のアイテムを用意することは出来ないだろう。
アルベルトも一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、それについて深く詮索することはしなかった。
木箱の蓋を閉じ、オロチは満足げな笑みを浮かべる。
「これで契約は完了だな。今回は中々に実りのある依頼だった。また変なアイテムが見つかったら、俺に依頼を回してくれ。出来る限り受けるようにするから」
「はい、その時はよろしくお願いします。ではその代わりと言っては何ですが、オロチ殿も何か困り事がありましたら、是非とも私にご相談ください。これでも侯爵家の当主。権力を使って解決できる問題でしたらお助け出来ますので」
「そりゃ助かる。俺はちょっと……いや、かなり騒動に巻き込まれやすいらしいからな。使える手札は多いに越したことはない。もしも手を貸して欲しくなった時は遠慮なく頼らせてもらおう」
オロチはお世辞にも平穏な生活を送っているとは言い難い。
この世界に転移してからまだそれほど時間は経過していないというのに、一般人の一生よりも何倍も濃い時間を過ごしているのだ。
今までは力で解決できる問題ばかりだったが、これからもそうだとは限らない。
その時にこの世界である程度の権力を持つ貴族が協力者がいれば、きっと何かと役に立つ。
そういう意味では、侯爵という地位に就いているアルベルト・ウェインと友好的な関係を築いておいて損はないだろう。
そうしてお互いに和やかなムードのまましばらく談笑していると、オロチをこの屋敷まで案内した男が入室してきた。
「アルベルト様、そろそろお時間です」
「あぁ、ご苦労だった執事長。それにしても、もうそんな時間なのか。久しぶりに有意義な時間だったから、思わず時を忘れて楽しんでしまった。――オロチ殿、すみませんが仕事が押しているようです。私はこのあたりで失礼しますが、どうぞこの後もごゆっくりしていって下さい」
今回の面会が決まったのは前日……それもオロチの希望で突然決まった面会である。
当然、侯爵という地位に就いているアルベルトは暇な筈がなく、それなりに無理をして予定を空けていた。
故にこれ以上ゆっくりしている訳にはいかないのだ。
「いや、俺もそろそろ帰るとしよう。無理を言って予定を空けてもらったみたいで悪かったな」
オロチはそう言って水晶が入った木箱をアイテムストレージにしまい、立ち上がる。
「いえいえ、問題ありませんよ。それとお帰りになるのでしたら、宿までお送りしましょう。執事長、もう一度馬車の手配を」
「かしこまりました。オロチ様、ご案内いたしますのでこちらにどうぞ」
本当に余裕が無いのか、執事長がオロチを促した。
「それではオロチ殿、またいずれお会いしましょう」
「ああ、そうだな。アルベルト殿は今後も是非仲良くしたい相手だ」
◆◆◆
侯爵家邸から再び豪華な馬車での送迎を受け、帝都に到着してからずっと利用している定宿の自室まで戻ってきた。
そして、先ほど報酬としてアルベルトから受け取った水晶を片手で弄びながら、オロチは仲間であり上司でもある人物に連絡を取る。
「アインズさん、まだ確定ではありませんが――ワールドアイテムを入手出来たかもしれません」
通信越しにアインズの『うぇ!?』という奇声が聞こえて来た。
彼からしてみれば、知り合いが突然核兵器を拾ったと言っているようなものだ。
いきなりそんな報告を受けて驚くなと言う方が無理である。
きっとアインズは今頃、存在しない胃の辺りをさすっていることだろう。
それでも今までの行いにより耐性が付いていたアインズは、なんとか数秒で気持ちを持ち直した。
『え、えーと。ワールドアイテム……ですか? ホントに? 実はドッキリでしたーっていうオチですよね?』
「ははは、安心してください。確信があるわけじゃないですけど、少なくともワールドアイテムクラスの力を感じます。だから大丈夫ですよ」
『何も安心できませんし、一体何が大丈夫なんですか……。いや、まぁ、お手柄なのは間違いないですけど、こうも次々に功績を立てられると、一応ギルドマスターとしての私の立場が……』
アインズとて、本心ではオロチの働きを手放しで称賛したい気持ちはある。
だが同じナザリックの支配者である彼に、こうもポンポン実績を積まれてしまうと、やはりオロチがナザリックのトップに君臨する方が良いのではないか、そんな感情が沸々と溢れてきてしまうのだ。
もちろん配下たちはアインズに対してそのような感情は一切抱いていないし、彼がナザリックのために尽力しているのは周知の事実だ。
アインズが王として君臨することに不満があるはずが無い。
……もしも仮に不満を口にする者がいたならば、その時は骨の王を愛してやまない女性が、その者を人知れず闇に葬ってしまうだろう。
「そんな事を気にしているのはアインズさんだけですよ? まぁとにかく、コレは直接渡したいので誰かを迎えに寄越して欲しいです」
『はぁ……わかりましたよ。すぐに配下を送りますよ。それと――お疲れ様です、オロチさん』
恨み言を言いつつも、その言葉にはこれ以上ないくらいの労いの気持ちが込められていた。