ワールドアイテムの可能性があるアイテムを入手したオロチは、一度本拠地であるナザリックに帰還することにした。
そのアイテムを鑑定する為……というのはあくまでも建前で、本心はそろそろナザリックが恋しくなってきたからである。
どれだけ豪華な宿に泊まろうとも、前世の引きこもり気質を今でも受け継いでいるのか、こうして定期的に帰って来たくなる衝動が抑えられないのだ。
配下たちがいるこのナザリックの居心地が、それだけ良いという事なのだろう。
「やっぱりナザリックに帰ってくると、我が家に帰ってきた時みたいな安心感があるな。まだ離れてから数日しか経ってないんだけどさ」
「きゅいきゅい!」
コンスケもナザリックに帰って来れたのが嬉しいのか、オロチの周りを興奮した様子でチョロチョロと駆け回っている。
時折すれ違う配下たちと言葉を交わしたりしながら、そうしてアインズが待つ執務室へと歩を進めていた。
すると、前方から眼鏡をかけたメイド服姿の女性が近付いてくる。
「お、ユリじゃないか。こうして会うのも結構久しぶりだな」
「これはオロチ様、お帰りなさいませ。ナザリックにお戻りになられていたのですね」
そう言って頭を下げたのは、ナーベラル達戦闘メイド『プレアデス』の長女にしてまとめ役でもあるユリ・アルファだ。
姉妹の中でも一番の完璧主義者であり、一切乱れのない整った身嗜みに彼女の性格が出ていると言える。
「ああ、ちょっとアインズさんに用があってな。それで今日はこっちで泊まっていこうと思っているから、短い間だけどよろしく頼む」
「なるほど。でしたらナザリックの総力を挙げて、オロチ様の帰還を祝って盛大なパーティーを開きましょう」
そう言い放つユリの顔に、冗談の色は微塵も感じられなかった。
好感度や忠誠心といったパラメーターが常にMAXに振り切っている配下たちは、オロチやアインズに関することであれば些細なことでも祝いたがる。
今回の発言も、ユリ本人からすればいたって普通の事なのだ。
これでもユリはナザリックで常識的な方だというのだから、いかに配下たちが創造主であるオロチたちを敬愛しているかが分かるだろう。
「いや、マジで帰還パーティーとかやらないからな?」
帰ってくる度にそんな事をやられては堪らない。
オロチが慌ててそう言うと、ユリは一瞬だけ物凄くしょんぼりした表情を見せた。
「……そう、ですか。かしこまりました」
ほんの一瞬ではあったが、オロチにははっきりと分かるくらいに落ち込んでいる。
例えるのなら叱られた子犬のようだった。
ユリのそんな姿を見せられたオロチは、当然ひどく罪悪感に駆られてしまう。
「わかったわかった。パーティーなんて大層なもんは本当に必要ないけど、そこまで言うならユリが晩酌に付き合ってくれ。大勢でワイワイやるっていうより、今は2人とか3人で静かに酒を飲みたい気分なんだ」
「ボ、ボク……いえ、私などでよろしいのですか?」
「ん? ユリほどの美人なら大歓迎だよ。ただ、もしも他に予定があるなら誰か別の――」
「謹んでお受け致します!」
「そ、そうか。なら今夜は頼むよ、ユリ。楽しみしている」
「はい! 不肖ユリ・アルファ、全身全霊を以ってお相手を努めさせていただきます!」
急に鼻息を荒くさせ、声高らかに宣言するユリ。
普段の冷静沈着で落ち着き払ったからは想像もつかないほど元気の良い返事である。
一緒に酒を飲むだけなのに何故それほど気張っているのかと不思議に思ったオロチだったが、それに関して深く詮索しようとは思わなかった。
……もしも、以前アインズが実施したアンケートのことをオロチが覚えていれば、ユリがここまで張り切っている理由に思い至ったかもしれない。
配下の女性たちの殆どがオロチの事を好いているなど、前世では到底一般人の域を出なかったオロチには考える事さえ出来ないのだ。
そしてそんな中の一人であるユリも当然、今回の絶好のチャンスをただ飲み食いするだけで終えるつもりなどない。
そうとは知らず、元気になったユリと別れ、オロチは再び執務室へと向かい始める。
「なぁコンスケ、なんでユリはあそこまで張り切っていたんだろうな?」
「きゅいきゅい……」
コンスケはやれやれだぜ、とでも言いたげにため息をついた。
もしもオロチと会話できる手段があれば、きっとコンスケはこう言うだろう。
――天然誑し野郎、と。
◆◆◆
「アインズさん、入りますよー」
「ええ、どうぞ」
ノックし、返事を待ってから入室する。
社会人としては当たり前の行動なのだが、それでもアインズの部屋やこの執務室に入る時はひときわノックすることを心掛けていた。
(流石にアインズさんとアルベドがイチャついている場面は見たくないからな。友達と娘が乳繰り合っているのを目撃……想像するだけで精神的なダメージがデカすぎる)
いくら彼らの関係を心から祝福しているとはいえ、その現場を目撃すれば精神的ダメージは計り知れない。
その上、アインズやアルベドにしても見られれば気まずいだろうという配慮もある。
オロチが内心でそんな事を考えているなど思いもせず、アインズの頭の中は報告にあったワールドアイテムのことで一杯だった。
「早速ですけど、例の物を見せてもらえますか?」
「はい、これが手に入れたアイテムです。どうぞお納めください」
大仰な仕草で木箱を渡してくるオロチにツッコミを入れることなく、アインズはサッと木箱を受け取って中身を覗く。
するとそれほど間を空けることなく、アインズの赤黒い眼光が少しだけ揺らめいた。
「――なるほど。確かにワールドアイテムが放っている独特な雰囲気を感じますね。これは何処で手に入れたんですか?」
「バハルス帝国にアルベルト・ウェインっていう侯爵がいるんですけど、そいつから受けた依頼の報酬がその水晶です」
これほどの品を依頼で手に入れたと聞き、アインズは驚愕する。
「依頼の報酬、ですか。一体どんな高難易度の依頼を受ければ、これほどのアイテムが報酬になるんですかね……」
アインズはそんなことを呟きながら《オール・アプレイザル・マジックアイテム》という呪文を唱えた。
この呪文はアイテムを鑑定する魔法の中で最上位の呪文で、ワールドアイテムを含めたほぼ全てのアイテムの情報を調べることができる。
しかしどうしたことなのか、魔法を発動した筈のアインズがピクリとも動かなくなってしまった。
状態異常に陥った形跡もなく、ただジッと水晶を見つめている。
しばらくの間そんな沈黙が部屋を支配していたのだが、ついに耐えきれなくなったオロチが声をかけた。
「あの……アインズさん? その水晶は結局どんなアイテムなんですか?」
「――素晴らしい!!」
沈黙から一変、それほど広くはない執務室に重低音なアインズの大声が響いたのだった。