鬼神と死の支配者114

 今にも鼻歌を歌い始めそうなくらい上機嫌なアインズ。
 とはいえ今のアインズの姿は見る者を凍りつかせるような外見をしており、いくら上機嫌だったとしてもその恐ろしさは変わらない。

 いや、むしろ傍から見れば普段のアインズより、不敵な笑みを浮かべている今の方が怖いと感じる可能性もある。
 無論、オロチは彼の姿を見慣れているので恐怖したりはしないが。

「もしもーし、俺の声が聞こえてますかー?」

「……あ、これは失礼しました。どうやら自分の世界に入り込んでいたみたいですね、すいません」

「いえいえ、別に良いですよ。アインズさんがそうなるのは珍しくないですし。でも、そろそろ水晶が持つ能力を教えて欲しいです」

 オロチが苦笑いでそう言うと、アインズは大きく頷いて上機嫌で話し始める。

「このアイテムはオロチさんが睨んだ通り、ワールドアイテムでした。それも使い捨ての一度しか使えない強力なタイプです」

「やっぱりそうでしたか……」

 オロチは納得の表情を浮かべた。
 アイテムを鑑定する術が無くとも、長年ユグドラシルで培った経験からある程度はアイテムの価値が分かるのだ。
 百発百中とまではいかないまでも、オロチはそれなりに自分の感覚を信頼している。

 そんなオロチの反応に満足げな笑みを浮かべると、アインズは続きを話し始めた。

「アイテム名は『魔神の心臓』。そして効果は――対象のレベルとステータスを全て半分にする、です」

 その効果を聞き、オロチは僅かに目を見開いて驚きを露わにした。

 ワールドアイテムは大きく分けて装備するアイテムと、使用するアイテムの二種類に分類できる。
 前者は装備品として強力無比な力を齎すが、後者は一度しか使用できない分、効率よく使えば装備型のワールドアイテムよりもはるかに凄まじい効果を発揮するという仕様だ。

 ユグドラシルでもどちらかと言えば、畏れられていたのは一度きりしか使えないワールドアイテムの方だった。

「それは……相当凄いアイテムですね。使用条件は?」

「相手を視界に入れながらこの水晶を砕くだけで発動し、発動による使用者へのペナルティは一切なし。半減させたレベルやステータスを戻すには何らかのワールドアイテムの力が必要……控えめに言ってヤバ過ぎる効果ですよ、これは」

 そしてアインズが言った水晶の効果は極めて凶悪なものだった。
 相手のレベルやステータスを永続的に半減させるなど、ゲームバランスを崩壊させる究極のデバフアイテムと言って良いだろう。

 視界に捉えるだけで発動できる手軽さ、ペナルティ無しというには破格の能力……理不尽なこと極まりない。

「これでもしワールドエネミークラスのヤバイ相手が出て来ても、切り札としてその魔神の心臓があると思えばかなり楽になりますね。何ならユグドラシル時代にも欲しかったぐらいのアイテムだ」

「ええ、これでまた一つ不安が取り除かれました。この世界は我々にとって未だ未知数ですから、コイツを入手できたのは間違いなく幸運でしたね」

 オロチとアインズはお互いに笑い合う。
 アインズが言った通り、この世界にはまだまだ知らないことが山のように多くあるが、その未知の中にオロチを超える強者が居ないとも限らないのだ。
 ナザリックを脅かすかもしれない懸念材料がひとつ消えたのだから、この二人にとってこれ以上ないくらいの朗報であった。

 ……もっとも、そんな強者がこの世界にいるのなら、オロチは嬉々としてその敵に向かっていくのだろうが。

 そして、その後はオロチとアインズがお互いの近況を報告し合うような流れになった。
 偶然にも新たなワールドアイテムを入手できたことで気分が良くなり、いつもよりも饒舌に話が弾んでいる。
 時に笑い、時に呆れ、時に驚き……そんな穏やかな時間が出来上がっていた。

「今日はナザリックに泊まっていくんですよね?」

「はい、そのつもりです。折角なんでナザリックに預けておいたハムスケの様子を見ておきたいですし、さっきユリとも晩酌の約束をしましたからね。今日はここで過ごすことにします。

「…………次はユリですか。オロチさんには尊敬しますよ、本当に」

 アインズは呆れるような嬉しいような、色々な感情が織り混ざった視線を向けた。
 自分はアルベド一人の愛情を受け止めるのに精一杯だが、何故こうもオロチは息をするように手を出せるのかと。

 そんな視線に気付いているのかいないのか、オロチは思い出したように口を開く。

「あ、そういえばあの二人はどうなりました?」

「彼女たちなら元気にやっていますよ。特にオロチさんが拾ってきた人間の女……クレマンティーヌでしたっけ? 早くもリ・エスティーゼ王国の犯罪組織を掌握できそうなくらい活躍しているそうです。彼女は良い拾い物でしたね」

「うんうん、元気なら良かったです。心配は必要無かったみたいですね」

 オロチが言った二人とは、当然だがナーベラルとクレマンティーヌのことだった。
 彼女たちへの不安は無かったが、送り出した手前心配はしていたのである。
 与えられた仕事をしっかりとこなしているようでなによりだ。

「っと、配下から緊急の連絡が来ました。少しだけ失礼しますね」

「はい、どうぞどうぞ」

 アインズはもう一度すいませんとオロチに頭を下げてから、誰かと連絡を取り始めた。

 するとオロチの耳に断片的ではあるが『裏切り』という単語や、『証拠はあるのか!?』という不穏な言葉が聞こえてくる。
 徐々にアインズの様子が変化していき、彼が動揺しているのがオロチには手に取るように分かった。
 嫌な予感が脳裏によぎり、恐る恐るアインズに声をかける。

「……どうかしましたか?」

 悪い出来事が次々と思い浮かんでくるが、オロチは祈るような気持ちでアインズの言葉を待った。

「セ、セバスが……セバスが私たちを裏切ったようです……」

「――は?」

 あまりにも予想外な報告を聞いたオロチは言葉を失い、絶句した。
 悪い予感とはよく当たるものだと、何故か他人事のようにそんなことを考えている。

 もはや二人の頭の中にはワールドアイテムである『魔神の心臓』の存在など、カケラも無くなっていたのだった。

 

   

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