鬼神と死の支配者116

 今までセバスはプレアデスのひとりであるソリュシャンと共に、魔法や武技を持つ犯罪者の捕獲や情報収集という役目をアインズから受けていた。
 二人はアインズから受けたその命を忠実に遂行しており、多くの犯罪者たちの捕獲に成功している。

 ただ、セバスは創造主である『たっち・みー』の影響もあってか正義感が飛び抜けて強い。
 そんな善なる性格が災いし、活動していく中でソリュシャンとの間で誤解が生まれてしまった、というのが今回の騒動の発端である。

 もっと具体的に言えば、セバスが個人的な感情で人間の少女を独断で救ったのだ。
 それをソリュシャンからナザリックへの反逆だと疑われることになり、アインズに報告されるという結果になったらしい。

「そんなところだと思っていましたけど、実際に聞くとやっぱり安心しますね。配下たちには出来ればまだ、ナザリックから巣立って行って欲しくはないですから」

「ええ、そうですね。蓋を開けてみればセバスらしい……いや、たっち・みーさんらしい行動だったので、私も思わず笑ってしまいましたよ」

 安心したのか、そう言ってオロチとアインズはお互いに笑みを浮かべた。

 子供が親元を離れていくように、もしかするとナザリックの配下達もいずれ離れていってしまうかもしれない。
 セバスが裏切ったなどとは少しも考えていなかったが、これを機にナザリックを離れるという可能性は捨てきれていなかったのだ。
 故にその事実がはっきりわかると、ホッと安堵したのである。

「それで今から一応セバスに会いに行こうと思っているんですけど、オロチさんも一緒にどうですか?」

 オロチは考える。
 もしも自分とアインズがいきなり押し掛けてしまえば、配下であるセバスは戸惑ってしまうのではないかと。

「うーん……俺はいいです。俺とアインズさんが一緒に押し掛ければ、それだけでセバスも萎縮してしまいそうですし。俺はあとでこっそりセバスやソリュシャンと話しますよ」

 少し考えた末に、オロチはナザリックに居残ることにした。
 今すぐに会って一声かけたい気分ではあるが、まず第一声は王であるアインズに譲るべきだと、そう思ったのだ。

「そうですか。なら後のケアはオロチさんに任せますね。では、行ってきます」

「行ってらっしゃーい」

 テレポーテーションを発動したアインズを見送ったあと、オロチはセバスが救ったという人間について考え始める。
 アインズは無意味な殺生を嫌うので、その人間を殺すことは無いだろうが、記憶の操作くらいは簡単にしそうだった。

(ん? 待てよ。セバスが助けたのって女だった筈だ。それってつまり、セバスが恋人を連れて来たということなのでは?)

 折角子供が連れてきた恋人を親である自分達が無下に扱うなど、決して許されることではないだろう。
 かなり桃色な考えに毒されているが、これは昨夜にユリから聞かされた寝物語の影響をモロに受けているからかもしれない。

「こ、こうしちゃいられない。今すぐセバスの所に行かねば! ……いや待て、俺はさっきアインズさんに行かないと言ったばかりだ。それなのに今から追いかければ、アインズさんを信頼していないように思われるかもしれん。あぁ、俺は一体どうすれば良いんだ……」

 実にくだらないことで頭を抱えている妖怪の王だったが、幸いにもそんな情けない姿を目撃した配下は一人もいなかった。

 

 ◆◆◆

 

「……結局待ちきれなくて来てしまったな」

 オロチはそんなことを呟きながら、セバス達が拠点として利用している屋敷の廊下を落ち着かない様子で、ウロウロと行ったり来たりしていた。
 アインズと別れた後、やはり様子が気になってしまったのだ。

 そんなオロチと一緒に来ていたユリは、まるで微笑ましいものを見るような視線を向けている。

「オロチ様、セバス様を案じるお気持ちはわかりますが、会う前からその調子ではセバス様も困ってしまいますよ?」

「そ、そうだな。少し頭を冷やそう」

 ユリになだめられ、オロチはようやく冷静さを取り戻した。
 今の心境を言えば、堅物な息子が初めて彼女を連れて来たような気持ちだ。

 すると、二つの足音がこちらの方に近づいてくる。

「っ! 誰か来るぞ、隠れろ!」

「はいっ」

 慌てて気配を消し、物陰へと身を隠すオロチとユリ。
 二人が物陰に隠れてすぐ、何やら話し声が聞こえてきた。

「――私の幸せはセバス様の傍にあります……!」

「ツアレ……」

 辛うじて聞き取れたのは、そんな素敵な会話だった。
 セバスと一緒にいるツアレという少女は、恋する乙女のような熱い視線をセバスに送っている。

(おぉ! 見てみろユリ、セバスが……あの堅物な男がラブコメしているぞ!)

(はわわ、こんな覗き見なんて……!)

 手で目を押さえているユリだったが、しっかりと指の隙間から視界に捉えている。
 覗き見しているという罪悪感より、好奇心の方がはるかに上回ってしまっていた。
 普段テレビなどの娯楽に乏しいナザリックにいるので、こういった恋愛話にはめっぽう弱いのである。

 そして、遂にセバスとツアレが優しいキスをした。

(うおぉぉぉぉぉ!! セバスが、あのセバスがキスをしたぞ!)

(いけません! これ以上は見てはいけません!)

 いきなりの展開に興奮を隠せない二人。
 よく見てみればセバスの顔がうっすらと赤らんでおり、嫌がっているような様子もない。

 わいわいと静かに興奮しながら眺めていると、セバスが一人で出てきた部屋に戻っていった。

「……良いものも観れたし、そろそろ帰るか」

「はい、眼福でしたね」

 オロチとユリは満足げな笑みを浮かべ、ナザリックに帰って行った。
 セバスがキスをしたという衝撃で、当初の目的などすっかり吹っ飛んでしまっていたのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました