思わぬ展開にすっかり満足してしまい、一度ナザリックに帰ってしまったオロチだったが、その後にハッと思い出してセバスやソリュシャンの元へ舞い戻った。
その際にセバスにはツアレという少女との関係を遠回しに聞き、ソリュシャンには彼女の忠誠心を褒め称えている。
お互いの信条が衝突した今回の件だったが、二人とも既に和解しており、少なくとも表面上では後腐れは無いようだとオロチは思っていた。
そして、セバスがツアレをナザリックに連れて帰るとアインズに提案したところ、アインズはこれを承諾。
彼女は人間でありながら、アインズ・ウール・ゴウンの名においてナザリックで保護されることになったのだった。
これで全てが丸く収まった……筈だったのだが、その翌日に事態は思わぬ方向へ転がってしまう。
「まさか警備を撤退させた後に、タイミングよくこの拠点を襲われるとはな。こればかりは運が悪かったとしか言えん。だが、いくら知らなかったとはいえナザリックが保護している人間に手を出したんだ。落とし前はしっかり取らせにゃならんだろう」
静かにそう言い放ったオロチの言葉には、僅かな苛立ちが含まれていた。
敵はセバスの恋人候補である人間を拐っているのだから、その苛立ちも当然と言えば当然だろう。
オロチは今すぐ敵を見つけ出し、文字通り八つ裂きにしてやろうとさえ思っていた。
事が起こったのは本日の昼間のことだ。
セバスとソリュシャンの任務が正式に終了し、ナザリックへの撤収が決まったのだが、ちょうど警備が手薄になっていたそのタイミングで屋敷が襲撃されたのである。
襲撃してきた組織の名は『八本指』と呼ばれる犯罪組織。
まさか白昼堂々に襲われるとは思っていなかったセバスたちは、ツアレを一人で屋敷に留守を任せてしまい、その結果武力を持たないツアレがその犯罪組織に拐われてしまったのだった。
「オロチ様、この度はツアレを救うためにご足労頂き、感謝の言葉もありません」
セバスは主人であるオロチに深々と頭を下げた。
「そんなの当たり前だろう。あの娘自体にはまったく興味は無いが、あれはいずれお前の恋人になるかもしれないのだからな。協力は惜しまないさ」
「……あの、失礼ながら私とツアレはそういった関係ではないのですが?」
「皆まで言うな。昨日のアレを見れば一目瞭然だ。まったく、お前も隅に置けないな」
はっはっは、と楽しそうに笑うオロチとは反対に、一瞬なんのことだが分からない様子のセバスだったが、すぐに思い当たる節があったのかハッとした表情を見せる。
「っ! 昨日のあの場にいらっしゃったのですか……」
「ああ、結果的に覗き見した事になってしまったな。すまん、許してくれ」
「いえ、むしろあのようなお目汚しをお見せしてしまい、失礼致しました」
何のことだか分からない面々は首を傾げていたが、わざわざ広めるような話でもない為に説明はしない。
唯一事情を知っているユリだけは、密かに笑みを噛み殺していた。
今この場に集まっているのはオロチとセバスの他に、階層守護者であるデミウルゴスとマーレ、そしてナーベラル以外のプレアデスたちがいる。
さらに、部屋の隅にはガクガクと膝を震わせているクレマンティーヌの姿まであった。
(こ、こわいぃぃぃ! 数日ぶりにご主人様に会えたけど、近づいたら周りのメイドに一瞬で殺されちゃいそうだよー!?)
もっとも、彼女はナザリックの面々に圧倒されてしまい、ただただ気配を消すことに必死になっていただけだったのだが。
それはともかく、この世界の人間の戦闘能力を考えれば、この場にいる者たちだけでリ・エスティーゼ王国を物理的に落とす事が可能だろう。
それだけの戦力がたった一人の少女を救う為に集まった、その事実にセバスは安堵の表情を僅かに見せる。
「オロチ様をはじめとしてこの場に集まってくださった皆様、ツアレ救出の為にお集まりくださったこと、心より感謝を申し上げます」
「私たちは確かに人間の救出には手を貸すが、それだけでここまでの人数が集まったのではないよ? 八本指という犯罪組織を潰す、そういう目的もあるのだからね」
頭を下げるセバスに、デミウルゴスがその言葉を訂正した。
オロチは純粋にセバスの為を思って馳せ参じていたが、他の者たちにはそれ以外の思惑も多かれ少なかれ抱いていたのだ。
それに、とデミウルゴスは話を続ける。
「今回の作戦について、その全容を君に明かすことはできない。だが、私はアインズ様から全ての指揮を任されている。それについて何か異論はあるかい?」
「勿論ありません。ですが……」
セバスはチラリとオロチの方に視線を向けた。
主人たるオロチを差し置いて、いち守護者であるデミウルゴスが指揮を執っても良いものなのかと不安に思ったのだ。
そんなセバスに、オロチは安心させるような笑みを浮かべた。
「ああ、俺も大丈夫だ。ちゃんと事前に話を聞いているよ。だから全てデミウルゴスに任せる。お前に任せておけば、全てが良い結果で終わるだろうからな。俺を上手く使ってやってくれ」
「勿体なきお言葉。全身全霊を以って、必ずや成功に導いてみせます」
「ああ、期待している」
セバスから承諾が得られたところで、デミウルゴスはそれぞれの役割について話し始めた。
「まずセバスとソリュシャン、それから……クレマンティーヌとか言ったね。君たちには八本指の拠点を襲ってもらう。そして、拐われた人間の救出が任務だ」
「了解しました」
「(俺は救出系のクエストが苦手だったからな。それを考えれば、ナイト役はセバスに譲った方が無難だろう)ソリュシャン、クレマンティーヌ、セバスのサポートは任せたぞ?」
「はい、かしこまりました」
「は、はいっ。任せてくださいご主人様!」
オロチに声をかけられて嬉しそうにしていたクレマンティーヌだったが、部屋の隅から一歩踏み出した所でその足が止まった。
おそらく、周囲の目が一斉に集まったことで萎縮してしまったのだろう。
「だが、それなら俺は何をすれば良い? ここまで来て、ただ見ているだけなのか?」
「オロチ様にはオロチ様に相応しい大役をご用意してありますとも」
そう言ってデミウルゴスはニヤリと笑みを浮かべた。