「へぇ~、ここがエ・ランテルの街か。思っていたよりは綺麗な街だな」
地球の中世ヨーロッパでは、糞尿が道端に巻き散らかっていて強烈な臭いを放っていたらしいから、ここも似たようなものだと高を括っていた。
だが見る限りでは汚物は無いし、臭いだって普通だ。
正直、あまりにも酷ければ他の都市に移動しようと思っていたので助かったな。
「この程度の街、我らがナザリック地下大墳墓と比べれば肥だめも同然です」
そう言い切ったのは戦闘メイドプレアデスの一人、ナーベラル・ガンマだ。
この街には冒険者として活動する為に訪れたのだが、ナザリックでは何かと一緒にいる事が多かったので、今回俺に同行することになった。
「まぁその通りだけど、しばらくはただの冒険者として活動するつもりだから、あまり他人には聞かれないようにしろよ」
ナーベラルの気持ちは嬉しいし俺も同感なんだが、それを誰かに聞かれるのは少々まずい。
誰しも自分の住んでいる場所を肥だめなんて言われれば、決して良い気分はしないだろう。
少なくとも俺なら、ナザリックを馬鹿にした奴をミリ単位で切り刻むくらいにはキレるだろうし。
ちなみに俺がこのエ・ランテルの街にいるのは、アインズさんとアルベド、そしてデミウルゴスとの話し合いの中で、表立って動ける立場を獲得するには冒険者になるのが手っ取り早いという結論に達し、俺がそれに立候補したからだ。
アインズさんや配下の者たちが働いているのに、俺だけ何もする事がなかったからな。
やっていた事といえば、階層守護者たちの戦闘訓練や、以前助けたカルネ村の様子を見に行っていたぐらいだし。
だから遊んでばかりいるのも悪いと思って冒険者になる事にした。
そういえば、カルネ村に接近して俺とシャルティアの邪魔をした馬鹿どもは、数人をナザリックに連れ帰り拷問に掛けたらしい。
既にあらかた情報は聞き出せているので、そろそろアインズさんのスキルでアンデッドになる頃合いかもしれないな。
一人だけそこそこの役職に就いている奴がいたから、何かに使えるかもしれないという感じで生かされる可能性もあるけど。
考え事をしながら歩いていると肩に軽い衝撃が走った。どうやら通行人とぶつかってしまったようだ。
「おっと、悪い」
「テメェ、どこ見て歩いてんだコラァ!」
ぶつかった相手はいかにもチンピラといった見た目の男で、俺たちを逃がさないように立ち塞がっている。
そして俺を睨み、次に俺の隣にいたナーベラルに視線を移すと気色の悪いニヤニヤとした顔に変化した。
……こういうのって本当にいるんだな。
今の俺の姿は十代の若者にしか見えないし、隣を歩くナーベラルも美人だが決して強そうには見えないので良いカモだと思ったんだろうけど、コイツ程度ならデコピンで頭を吹き飛ばせる。
確実に面倒な事になるからやらないけどさ。
まぁ、ちょうど良いから冒険者登録ができる場所まで案内させるか。
「おいガキ、痛い目にあいたくないなら、さっさと――」
「――黙れ」
軽く威圧しながらチンピラを睨みつける。
すると、面白いくらいに顔が青ざめていき、足をガクガクと震わせて怯えたようにこちらを見ている。
もちろん、俺が本気で威圧するとこの程度の奴なら死にかねない為、かなり手加減している。
「オロチ様、私にお任せ頂けるのでしたら、塵も残さずそれを消し飛ばしてみせます」
ナーベラルがずいぶんと物騒なことを言っている。
「いや、この男には冒険者組合という場所に案内してもらう。もっとも、嫌と言うなら死ぬより恐ろしい体験をすることになるけどな」
ニヤリとチンピラに向けて笑ってやると、壊れたように首を縦に振り始めた。
「あ、ああ。分かった! いや、分かりました! だ、だから命だけは……」
「じゃあさっさと案内しろ。俺の気が変わらない内にな」
男は急いで立ち上がろうとするが、恐怖で身体が上手く動かせずに何度も転ぶ。
それでもなんとか立ち上がり「こ、こちらです」と、震えた声で案内を開始した。
「フッ、滑稽なものですね。虫ケラにはお似合いですが」
「す、すいません……」
思わずゾクッとしてしまうような冷たい声。
前世では美人に言われるのはご褒美だ。なんて言う人がいたが、少なくとも言われた本人はそうは思わなかったようだ。
「ここが冒険者組合になります。じ、じゃあ、俺はこれで……」
「助かった。ほら、これは報酬だ」
そう言って男に銀貨を渡す。
「あ、ありがとうございます!」
銀貨の価値は大体1万円くらいなので、道案内にしては高額な報酬だろう。
金を受け取った男は最後までヘコヘコしながら人混みに消えていった。
「さて、無事に冒険者組合に着いたし、さっさと中に入ろう。ナーベラル、言っておくが下手に騒ぎを起こすなよ?」
「かしこまりました」
即答するナーベラルに一抹の不安が残るが、一体どうなることやら……。
そんな不安を抱きつつも冒険者組合の建物の中に入る。
室内は想像していたよりも綺麗だったが、冒険者と思われる者達がごった返し、少々せまく感じた。
そしてこちらを値踏みするような視線――というよりも、隣に居るナーベラルに見惚れていたり、俺に対して『何故あんなガキが』というような嫉妬がこもった視線が突き刺さる。
ナーベラルが美人だから仕方ないとはいえ、あまり好ましいものではないな。
今日のところは登録を終え次第、さっさと宿を取って休むとしよう。面倒な事が起こる前に。
「俺たち二人の冒険者登録をお願いします」
「はい、かしこまりました。では冒険者についての説明をさせて頂きます。まず――」
受付らしき女性に近づいていき、冒険者になりたい旨を伝えたところ説明が始まった。
内容は、冒険者の簡単な規則だったり、階級は『カッパー』『アイアン』『シルバー』『ゴールド』『プラチナ』『ミスリル』『オリハルコン』『アダマンタイト』という風に上がっていくこと。
俺たちはもちろんカッパーの冒険者として登録されるなどの説明を受けた。
一番下からの階級という事にナーベラルは不満そうだったが、問題を起こすなという命令を覚えていたのか口には出さなかった。……受付嬢の顔が引き攣るくらい睨みつけていたのはギリ許そう。
その後、名前を登録する際に咄嗟に偽名を使うことを思いつき、俺はカムイ。ナーベラルはナーベとして登録しておいた。
偽名を使う意味はあまり無いが、一応ナザリックとの関係を誤魔化すためだ。
ただ、顔を隠していないから殆ど意味なんて無いだろう。気休め程度だな。
そうして俺たちは不快な視線以外とくに問題は起きず、カッパーの冒険者の証である銅のネームプレートを受け取り、無事に冒険者になることが出来た。