鬼神と死の支配者4

 …………疲れた。やっぱり、慣れない事はするもんじゃないな。これならソロでボスマラソンをした時の方がはるかに楽だったぞ。

 ただ、目的の情報収集はしっかりと達成した。

 まず、ユグドラシルで使用していた貨幣はこの世界では流通しておらず、金としての価値しかない。なので迂闊に使って出所を探られる恐れがあるため、この貨幣の使用は控えた方がいいだろう。

 他には俺が今いる村の名称がカルネ村だという事や、周辺国家の大まかな情報も得ることができた。

 リ・エスティーぜ王国、バハルス帝国、スレイン法国という国々がこの辺りには存在し、中でもリ・エスティーぜ王国とバハルス帝国は毎年のように戦争していて、この村に近いエ・ランテル近郊で戦闘が起きるそうだ。

 あと、この村を襲ってきた連中はおそらくバハルス帝国の兵士らしい。鎧の紋章でそう判断したようだが⋯⋯一人くらい残しておくべきだったか。スレイン法国の偽装という可能性もあるから。ナザリックに連れ帰って尋問すれば、もっと情報を得られたのにな。

 そしてなんと、この世界には冒険者という者たちがいるらしい。報酬をもらって魔物を退治するという、ファンタジーでは定番の職業だ。

 エ・ランテルには冒険者組合というものがあるらしく、結構な大きさの街みたいだ。

「オロチ様、お疲れ様でありんす。わたし達はこれからどうするのでありんすか?」

「うーん、そうだな……。しばらく村の様子を見てから、一度ナザリックに帰還するとしよう」

 カルネ村にある墓地、そこで泣き崩れるエンリとネム姉妹を見ながらそう告げた。

 俺は蘇生魔法は使うことができないが、アイテムを使用すれば村人たちを生き返らせることができるだろう。ただ、そこまですると余計な騒動の引き金になりかねないし、してやる意味も義理も無い。助けてやっただけで十分だ。

 あの姉妹は、これから親がいないという辛い現実に立ち向かっていかなければならない。こんな世界だ、俺の想像よりもはるかに辛いものになるかもしれないな。

「あ、そうだ。ナザリックを出る前にナーベラルから弁当を受け取ったんだ。眺めの良い所で昼飯にしようぜ」

「はい! あぁ……オロチ様と一緒に昼食を取れるなんて、これほど幸せなことはありません!」

「ははっ、それはさすがに大げさすぎだろ」

 そうと決まればさっさと移動しよう。俺は湿っぽい雰囲気は苦手だし、村の人たちも俺たちがいない方が良いだろうから。

 俺とシャルティアは、村の外れにある小高い丘に移動した。俺のストレージにはピクニックに使えるような気の利いた物は入っていないので、二人とも地べたに座っている。

 だが、シャルティアが『ぜひ!わたしを椅子にして下さい!』なんて言うのは予想外だったな。俺に女の子を椅子にするなんてヤバイ趣味はないので勘弁して欲しいところだ。

 二人でナーベラルに渡された豪華な弁当を食べた。前世でも食べた事がないくらい美味かったのは、これからも食べられると喜んだ方が良いのか、弁当に負けている前世の食生活を悲しむべきかは微妙なとこだな。

 なんにせよ、用意してくれたナーベラルには後で礼を言っておこう。

「案外気持ちの良い所だな……って、今更だけどシャルティアは吸血鬼だよな? 日光に当たっているけど辛くないか?」

「ご心配ありがとうございます。ですが、わたしは真祖の吸血鬼でありんすから、日光に浴びてもダメージは受けないのでありんす」

「そっか、辛かったら正直に言うんだぞ?」

 ちなみに今の俺は、普段のドレス姿に戻ったシャルティアに膝枕をしてもらっている状態だ。

 心地のいい風が吹き、優しい日差しに包まれ、美少女の膝枕で眠る。これほど幸せな事があるだろうか。

「……ん? カルネ村にまっすぐ何かが向かってくる気配を感じるな。それも一人や二人ではなく、大勢の気配だ」

 俺が幸せを噛み締めていると、無粋な連中が向かってくる気配を感じた。本当に空気の読めない奴らだな。まったく、そんなに死にたいのならお望み通り血祭りにあげてやろうじゃないか。

 シャルティアだって、この時間を楽しんでくれて……いる……。

「ゴミ風情が! わたしとオロチ様の時間を潰すなど万死に値する!」

 あー、シャルティアは俺よりもはるかに怒っていた。それもシャルティアのスキルには無い筈の怒りのオーラが見えそうなくらい。

 正直、この世界で初めてビビったかもしれない⋯⋯。

 だが、今回ばかりはシャルティアを止めるつもりはないぞ。シャルティアがブチ切れているのを見て、多少冷静にはなったが怒りは収まっていない。

 この至福の時間を邪魔しやがった愚か者は皆殺し、もしくはナザリックに連れ帰り実験動物にしてくれるわ!

「行くぞシャルティア! ゴミ共を一匹残らず排除する!」

「はい!」

 

 ◆◆◆

 

 な、なんなのだ……あの者たちは……。

 突如として現れ、我らが陽光聖典の隊員や、召喚した天使たちを異常な速度で殲滅している。だがそんな事はありえない……いや、あってはならない……!

「攻撃を集中させて時間を稼げ! その間に最高位天使を召喚する!」

 本来であれば、この奥の手はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフを抹殺する為のものだが、この者たちは明らかに王国戦士長などよりも厄介な存在だ。ここで始末しておかなければ、必ずや法国に仇なす存在になるだろう。

 いくら奴らが人外のごとき強さを持っていても、決して人の身では到達できない強さを有している最高位天使には及ぶまい。

 懐から神の奇跡を封じ込めたと言われている結晶を取り出し、天に掲げる。

「見るが良い、最高位天使の尊き姿を! 《ドミニオン・オーソリティ》」

 天に掲げた結晶が眩い光を放ち、清浄なる空気をまとった最高位天使が降臨した。

 そこに存在するだけで誰もが膝をつきたくなる存在感。正しくこれが――

「…………は?」

 私が召喚した筈の最高位天使が消滅した……だと? い、いったい何が起こったと言うのだ!

「魔封じの水晶が出してきた時は少し焦ったが、たかが第七位階の天使を召喚するなんてな。そんなもったいない使い方をするとは夢にも思わなかったよ」

 気がつけば襲撃してきた二人組のうちの一人が、私の背後から首筋に武器を当てていた。まさか、あの一瞬で倒したとでも言うのか?

 はは、ははは……化け物め。こんな奴らに、どうあがいても勝てるわけがないだろうが。最高位天使を瞬殺するような奴らが相手では、たとえ漆黒聖典の連中でも勝てんだろうさ。

「ま、待ってくれ。話をしようじゃないか。私の名前はニグン。ニグン・グリット・ルーインだ。スレイン法国で、ある程度の地位に就いている。だからあなた方の要求に応じる事が出来るかもしれない」

「そうか、では――」

「なっ!?」

 そして襲撃者の紅い瞳を見た瞬間、私は意識を失った。

 

   

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