鬼神と死の支配者119

 オロチは今、イビルアイの仲間である二人の冒険者の遺体を運んでいた。
 一人は小柄で身軽そうな装備を身につけていて、もう一人の方は巨漢な男くらいにがっしりした体格とそれに見合う厳つい装備をしている。
 二人とも『青の薔薇』のメンバーで、どちらも女性だ。

「手伝ってもらってすまないな。私が自分で運びたいが、しばらく魔法は使えそうにない。オロチ様ほどの人物に雑用など任せるのは正直心苦しいのだが……」

「気にしないでくれ。貴女の魔力はこれから起こるであろう戦いの時まで温存するべきだ。仲間の方は俺に任せて、ゆっくり休んでいて構わないよ」

 優しさを見せると、イビルアイは『あ、ありがとうございましゅっ!』とうわずった声で礼を言ってきた。
 わざわざオロチが運んでいるのは、イビルアイの魔力がほとんど底をついており、かと言って自力で運ぶにはあまりにも彼女の素の力が非力だからである。

 オロチは体をクネクネしながら浮かれているイビルアイをよそに、ストレージの中から適当に大きな布を取り出してその上に二人の遺体を並べて安置した。

(別に潔癖って訳はないが、黒焦げになった死体って臭いし汚ねぇな。デミウルゴスももっと綺麗に殺してくれれば良かったのに)

 並んでいる死体を眺め、そんな不謹慎なことを考えるオロチ。
 よく知りもしない人間の死体など見ても、悲しみはおろかその程度の感情しか湧いてこない。
 すると、そんな風にマジマジと仲間の死体を見ていたオロチを、イビルアイが少し怒ったような口調で注意する。

「……あの、オロチ様? 冒険者とはいえ二人とも女性なんです。あまり身体をジロジロ見るのは遠慮してもらえると……」

 一瞬、汚いという嫌悪感が彼女にバレたのかとヒヤッとしたが、それは違ったらしい。

 しかし、こんな黒焦げになっている死体に対して一体どういった感情を抱くというのか。
 不謹慎なことを考えていたのは間違いないが、イビルアイが思っているような邪な感情は微塵もない。
 そもそもコレに欲情するのは精神異常者だけだろう。

 オロチは思わず本音が出てしまいそうになったが、それをグッと堪えた。

「え? あぁ、すまん。ヤルダバオトが放つ魔法を受けた身体を観察していたんだ。何か攻略法が無いかと見ていたが、配慮が足らなかったな。重ねて謝罪する」

「い、いや、こちらこそすまなかった! 高潔な精神を持っているオロチ様がそんなことを考える筈ないのに、変なことを言ってしまった……」

 咄嗟にもっともらしい言い訳を伝えると、逆に謝られてしまった。

 イビルアイに気にしないでくれと言い、何故二人をこのまま放置するのかと聞いてみた。
 そして詳しく話を聞けば、どうやらこの場所に仲間が向かっているらしく、しかもその者が復活魔法を唱える事ができるのだと言う。

 クレマンティーヌからの情報でこの世界にも蘇生する魔法があることは知っていたが、それが自分の知っているものと同じものなのか間近で確認する良い機会だ。

 その為ならば、死体を丁重に扱ってやるくらい何も問題はないだろう。

「ひとつだけ質問があるんだが、聞いてもいいか?」

「私に答えられることなら何でも聞いてくれ。オロチ様の役に立てるのなら、いくらでも話したい」

 イビルアイは非常に協力的で、情報を得るにはこれ以上ない相手だった。

「なら聞くが、今王都にはどれくらいの戦力がいる?」

「それはヤルダバオトとやり合えるくらいの、という事だろうか?」

「そうだ」

「……はっきり言ってあの男とまともに戦えるのはオロチ様だけだと思う。王都には王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフがいるが、私が見た感じだと足手纏いにしかならない可能性の方が高い。辛うじて私と『青の薔薇』リーダーのラキュース、そしてガゼフが命を投げ打って戦えば数分ほど時間を稼げるという程度だろう」

 つまり、王都には少しマシなくらいの雑魚が3人しかいない、と。
 その程度の戦力しかないのならデミウルゴスの計画には何の支障も出ない筈だ。
 オロチは険しい表情を浮かべながら、内心ではほくそ笑む。

「そうか、ならヤルダバオトは俺が相手をした方が良さそうだな。ただ、あれほどの男が単身で乗り込んで来たとは考え難い。もしも敵が他にもいる場合、そちらは君たちに任せることになるだろう。その時はよろしく頼むぞ?」

「も、勿論だ! 貴方の背中は私が守ってみせるっ!」

「フッ、それは頼もしい。貴女に背中を守ってもらえるのなら、俺も安心して戦えるというものだ」

 オロチが笑顔を見せると、イビルアイはスキップでもしそうな勢いで喜んでいた。

 このまま疑うことなく信頼していてくれれば非常に助かる。
 辛うじて罪悪感というものが無い訳ではなかったが、今はナザリックに利益をもたらす為の作戦中だ。
 そんなゴミのような感情は即座に切り捨てなければならない。

(適当に話を合わせて、友好的な関係を築いておくか。アダマンタイト級の冒険者なら仲良くしておいて損はあるまい)

 そうしてイビルアイと会話していると、彼女の仲間らしき集団がこちらへと近づいて来ていた。
 人数は数十人といったところか。
 その装備などの格好から恐らく冒険者だろうと当たりをつける。

 しかし、個人個人のレベルはさほど高くない。
 オロチから見れば所詮、素人に毛が生えたくらいにしか感じられなかった。
 ただそんな中で、先頭に立っている女性は容姿や実力のどちらの点から言っても一際目立っている。

「あれが貴女のお仲間か?」

「そうです。あの先頭に立っているのが、私たち『青の薔薇』のリーダー、ラキュースです!」

 イビルアイは仲間の登場にようやく安心したようだった。
 今までどこか気張っていたような感じがしていたが、それがとれたような気がする。

 先頭に立っているのは、長い金髪を靡かせ、動きを重視した装備を身に纏っている女性。
 あれがアダマンタイト級冒険者『青の薔薇』をまとめるラキュース。
 まるで戦乙女とでも呼ばれていそうな女だと、オロチはそう思った。

 そして、彼女は人間にしては中々のカリスマを放っていた。

 

   

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