オロチとイビルアイは、彼女の仲間である『青の薔薇』リーダーのラキュース、そして大勢の冒険者たちと合流した。
そして合流した彼らをざっと見渡す。
(やはりというか、見どころがありそうなのはラキュースとかいう女くらいだな。俺の見立てだと、エ・ランテルで留守番しているブレインと同じくらいの強さか?)
オロチはラキュースを見て、青髪の剣士であるブレインを思い出した。
見た目こそ全く違うが、強さという面では似たようなものだ。
周りにいる有象無象の冒険者を見る限り、ラキュースやイビルアイはそれなり以上に才能のある冒険者なのだろう。
ただ、ブレインと同じで所詮はユグドラシルの初心者レベル。
特に興味が湧くこともなく、もしも敵になれば瞬殺できる程度の存在でしかない。
イビルアイとラキュースの二人を含めても、オロチがその気になれば刀の一振りであっさりその命を刈り取れるのだから。
オロチがそんな風に冒険者たちを見定めていると、『青の薔薇』の女二人の会話がオロチの耳に聞こえてきた。
「無事でよかったわ、イビルアイ。あら、ガガーランとティアはどうしたの?」
「……悪い、二人は守りきれなかった。私もオロチ様が助けてくれなかったら、この二人と一緒にそこに並んでいただろう。私程度ではまるで相手にならなかったよ」
「貴女ほどのマジックキャスターが相手にならないですって!? そんなバケモノが王都にいるなんて最悪じゃない……」
「ああ、私が今まで出会った中でもトップクラスに厄介な相手だ。奴の名はヤルダバオト。紛れもなく、最悪な人類の敵だよ」
冒険者たちがざわざわと騒ぎ出した。
アダマンタイト級冒険者である『青の薔薇』の名前は有名だ。
もちろん、その中でも圧倒的な力を持つマジックキャスターであるイビルアイも広く知れ渡っている。
そんな彼女に人類の敵とまで言わせるヤルダバオトという未知の相手に、格下の冒険者たちが恐怖を抱いたとしても然程おかしい話ではない。
そして、一通りイビルアイと話し終えたラキュースがオロチの前までやってきた。
「ウチのパーティーメンバーを助けてくださったみたいですね。『月華』のオロチ殿、本当にありがとうございます」
「礼は必要ない。結局、彼女たちを助けられていないからな」
「それでも、です。もしも貴方が来てくれていなければ、イビルアイも死んでいただろうし、二人の遺体を回収することも出来なかったかもしれません。そうなれば、彼女たちを蘇生することもできないですから……」
ラキュースの表情からは感謝、安堵、後悔、そして……怒りといった感情が感じられた。
感謝はオロチに、安堵は仲間に、後悔は自分に。
怒りというのは仲間のピンチに居合す事が出来なかった自分や、その仲間を殺したヤルダバオトに向けられたものだろう。
たとえ生き返らせれるとて、自分の仲間を殺されたのだ。
様々な感情が溢れ出してしまう彼女の気持ちも十分に理解できる。
オロチは自分が黒幕だということを彼女に悟られまいと、早々にこの話題を終わらせることにした。
「それよりも、貴方たちはずいぶん大所帯で移動していたようだが、何か目的があったのか?」
「あ、はい、そうです。私たちは今日、とある依頼で王都に巣食う犯罪組織を潰して回っていました。ですがイビルアイからの救援要請が届き、急いでこの場所へと駆けつけて来たんです」
「そう、だったのか。パーティーメンバーが分散している時に、ヤルダバオトみたいな強敵と遭遇してしまうなんて災難だったな」
「ええ、まさかイビルアイですら歯が立たない相手が王都に潜入しているとは、夢にも思いませんでした」
ラキュースの視線が仲間二人の遺体に向けられた。
丁度いいので、復活魔法についてユグドラシルと齟齬がないか確認することにする。
「彼女たちを蘇生した後、すぐに戦いに参加させることは可能か?」
「……不可能ですね。私は第五位階の復活魔法である《レイズデッド》が使用できますが、蘇生する際に大幅な生命力が消費されてしまいます。なのでヤルダバオトという者との戦いには、到底参加することはできないでしょう」
蘇生されると生命力、つまりレベルが下がってしまう。
ユグドラシルの仕様と全く同じだ。
高位階の復活魔法であれば、蘇生によるレベルのロストを最低限に抑えることができるのだが、たかが第五位階魔法程度では大幅にレベルを失ってしまうのである。
無論、とてもじゃないが戦闘に加わるなど出来る筈もない。
「そうか。戦力は多いに越したことはなかったんだが、それなら仕方ない。なら俺は今からヤルダバオトを――」
追う、オロチがそう言おうとしたが、視線の先の光景に気を取られて言い切るまえに中断してしまった。
「な、なんだあれ!?」
「王都の一部が、光の壁に覆われている……」
「でもあんな大規模な魔法なんて聞いたこともないぞ!?」
この場にいる者全員の視線が一つの方向に向いている。
そこには広範囲を包み込む光の壁……いや、炎の壁がそびえ立っていた。
(あれがデミウルゴスが言っていたゲヘナの炎ってやつか。かなり派手だが、綺麗な炎だ)
オロチはデミウルゴスから炎の壁について聞かされていたのだが、想像以上に肉眼で見る炎の壁が幻想的だった為、思わず言葉を失ってしまった。
いつまでも眺めていた気分を押し殺し、再び口を開く。
「俺はあの炎の中にいるであろうヤルダバオトを追うつもりだ。あまり魔力を感じないから、恐らくあの炎の壁はただの目くらましだと思う。だが、そうだな……念のためにイビルアイ殿を少しだけ貸してもらえないか?」
「わ、わたし!?」
「彼女は優秀なマジックキャスターなのだろう? 生憎、俺のパーティーメンバーは別の用事があってこちらに来られそうにないんだ。サポートしてくれる者がいてくれれば非常に助かるんだが、どうだ?」
「イビルアイを、ですか。もちろんオロチ殿のお力になるのであれば構いませんが……」
オロチへの回答を保留にし、ラキュースがイビルアイの目をじっと見つめる。
「イビルアイ、貴女はどうしたいのかしら?」
「私は、オロチ様の力になりたい。足手まといになるだけかもしれないが、少しでも役に立つのなら一緒に戦いたい……!」
しばらくの間、ラキュースはそのまま視線をイビルアイに固定していたが、ひとつため息をつくと諦めたように苦笑した。
「オロチ殿、貴方もイビルアイも無事に生還すると誓えるのなら問題ありません」
「誓おう。イビルアイ殿は必ず俺が守る。五体満足でラキュース殿のところへ送り届けるさ」