そこら中から押し寄せてくる悪魔系のモンスター。
ほとんどが低級悪魔と呼ばれる然程強くないモンスターだったが、中には中級……そして上級悪魔も紛れている。
恐らくヤルダバオトが呼び寄せたのだろうその悪魔共は、王都の一部を我が物が顔で闊歩していた。
(クッ、このままではヤルダバオトを倒すどころか、この悪魔たちにやられてしまいそうだ……!)
魔法で中級の悪魔のうち一体を燃やしながら、仮面に隠れたイビルアイの表情が苦しげに歪んだ。
一体なら問題なく倒せるような相手でも、それが虫の大群のようにワラワラと群がって来られると、その勢いで押し切られてしまいそうになる。
どれだけ倒そうとも次から次へと現れ、着実にイビルアイの魔力と気力削り取っていた。
本職のマジックキャスターである彼女の魔力は、普通よりもかなり多いのだが、決して無限ではないのだ。
当然、魔法を無制限に使い続けることはできない。
このままで悪魔たちを殺し尽くすよりも先に、確実に彼女の魔力が底を突いてしまうことは明白だった。
そんな焦りを感じながら戦闘を続けていると、イビルアイの前方から何とも頼りになる声が届く。
「まともに相手をするな! 俺たちの目標はあくまでもヤルダバオトだ。こんなところで無駄な魔力を消費する必要はない。雑魚共の相手は俺に任せて、イビルアイはサポートに徹してくれ!」
「は、はいっ!」
イビルアイをハッとした表情を浮かべ、その檄を飛ばした人物の背中をチラリと見た。
小柄な自分よりも少し大きいくらいの、男にしてはずいぶん小さいその背中。
しかし、今はその小さな背中がどんな屈強な男よりも頼もしく感じた。
まるでゴブリンクラスの雑魚を屠るように中級悪魔を倒しており、その姿はまさに英雄と呼ぶに相応しいだろう。
そんな人物の戦いを間近で見ているイビルアイは、憧憬に似た視線をオロチに向ける。
(あぁ……! やはりオロチ様はお強い上にお優しい。こんな危険な戦場でも、私を気遣いながら戦ってくれているなんて紳士すぎる……!)
もしもここが戦場でなければ、きっと飛び跳ねて喜びを露わにしていたはずだ。
そしてオロチの言う通り、イビルアイはサポートに徹して立ち回り始める。
流石アダマンタイト級冒険者と言うべきか、支援に限定しても十分に戦果を発揮していた。
ちなみに、オロチがイビルアイと呼び捨てにしているのは、他ならぬ彼女からのリクエストである。
ラキュースたち冒険者と別れた後、この炎の領域に向かう最中にそう告げられたのだ。
それにより辛うじて付けていた敬称はあっさりなくなってしまっていた。
そして、悪魔系モンスターを相手に刀を振るい続けているオロチは、ふとこの状況に既視感を感じていた。
(ビーストマンの時の戦いを思い出すな。常に背後を気にしないといけないのが、かなり面倒だが)
今の状況はビーストマンを大量虐殺していた時と似ていた。
ひとつだけ違うのは、後ろでせっせと支援魔法を放っているイビルアイの存在だろう。
最低条件として彼女を死なせることはできない。
なぜなら彼女には、この戦いを世に広めるための生き証人となってもらわねばならないからだ。
(そろそろ悪魔の間引きは十分か? これくらい倒せば、この女が冒険者オロチの武勇伝をそこそこに広めてくれるだろう)
気づけば既に大量の悪魔の死体が転がっている。
それを見て、もう十分戦ったと判断した。
「そろそろ此処を突破するぞ! できるだけ俺から離れず、ピッタリ後ろについて来てくれ!」
「はい、オロチ様!」
オロチは押し寄せる悪魔たちの隙を見逃さず、イビルアイがギリギリついて来られるであろう速度で疾走した。
その速度は到底常人が出せる速度ではない。
悪魔たちさえも初めは逃げるオロチを追いかけて来ていたが、すぐに追いつけないと判断して諦めている。
オロチとイビルアイの二人は、そのままの速度で一気に戦場を駆け抜けた。
目指す場所はデミウルゴスから聞いている合流ポイントの広場だ。
そこが、この戦いの最終決戦の場である。
「っ! オロチ様、あれを見てください!」
「あれは……」
イビルアイが指差す方向に視線を向けると、そこには仮面を被った男――ヤルダバオトが悠然と立ち尽くしていた。
広場の中央で、まるで誰かを待っているかのように目立っている。
そして、そこにいるのは一人ではなかった。
ヤルダバオトの後ろには、メイド服を身にまとった者たちが数名控えているのだ。
その顔はやはり仮面で隠されており、身体の特徴から女性であることくらいしか分からなかったが、いずれも並大抵の気配ではない。
イビルアイはゴクリと息を呑む。
(ユリにルプスレギナ、それからソリュシャンにシズにエントマか。ナーベラルと末妹のオーレーオール以外のプレアデスが勢ぞろいだな)
とはいえ仮面で顔を隠していたとしても、その正体を知っているオロチから見れば一目瞭然だった。
「ようやく当たりを見つけたな。イビルアイ、ヤルダバオトの後ろにいるメイドが見えるか?」
「はい……ヤルダバオト並みとはいかないまでも、あのメイドたちはかなりの実力者のようですね」
メイドから発せられている強者の雰囲気に、イビルアイは無意識のうちに後ずさっている。
「ああ、そうだ。あのメイドの誰か一人でいい。俺がヤルダバオトとその取り巻き倒す間、できるだけ引きつけておいて欲しいんだ。できるか?」
「……大丈夫です。しかしそれだと、オロチ様一人であの集団のほとんどを相手にしなければならなくなります。いくらオロチ様と言えど無茶なのでは?」
「俺の心配は必要ないさ。信じてくれ」
「は、はい……!」
オロチの強さを疑うことなどあり得ない、イビルアイはそんな表情をしていた。
こんなにもあっさり自分を信じてしまう彼女に、オロチは失った筈の良心が少しだけ痛んだ気がしたのだった。