数々の魔法がオロチへと放たれ、爆音と爆風が周囲に撒き散らされた。
かなりの高威力を持ったその魔法は、余すことなく全てが間違いなくオロチに命中している。
しかし、誰一人として警戒を解くことはしなかった。
この程度でオロチにダメージを与えられるなどとは思っていないのだ。
「――それだけの人数がいるんなら、もっと連携を意識しろ。せっかく相手が先手を譲ってくれているんだから、圧倒的な火力を集中させてやれば良いんだよ。格下だと侮っている奴には案外効いたりするもんだ。……ま、俺はお前たちを侮ったりはしないがな」
粉塵が晴れるとそこには、何一つ曇りのない笑顔を浮かべたオロチの姿があった。
その姿はヤルダバオトたちに『どうした? これで終わりか?』と問い掛けているようにも見える。
その瞬間、まずはプレアデスたちが一斉に駆け出した。
ユリは手甲で殴りかかり、ソリュシャンは魔法でそれを援護し、エントマは虫系モンスターを解き放ち、シズは銃火器を撃つ。
事前に打ち合わせておいたのか、オロチへのその攻撃は一糸乱れぬ見事な動きだった。
オロチの顔にも笑みが浮かんでくる。
「ははは、そうだ。いい感じだ。相手に反撃の隙を与えるな。格上の相手だからこそ、攻撃の手を緩めれば死ぬと思え」
ほとんどアドバイスに近い言葉をかけ、楽しそうにプレアデスたちの攻撃をいなし続けるオロチ。
もはや戦闘というよりも稽古と言った方が適切だろう。
イビルアイがルプスレギナと戦闘中で近くにはいないとはいえ、少し迂闊かもしれない。
そして、魔法で自身の強化を最大限まで行ったヤルダバオトも、彼女たちから一動作遅れてようやく動き出す。
両手の爪を鋭利な刃物のように伸ばし、人外の速度でオロチへと疾走した。
そのままオロチが振るう刀と打ち合いながら鍔迫り合いを繰り広げていく。
「おっと、流石にお前は一味違うな。だが、純粋な前衛職の俺からすれば、技術的にはまだまだ拙い部分がある。本物には通じないだろうから注意しろよ」
しかし、その程度の攻撃ではオロチに傷ひとつ付けることはできない。
そもそも彼のステータスは直接的な戦闘を行うことに向いておらず、性格と同様に搦め手を使った戦術を得意としているのだ。
前衛職、それもオロチのようなユグドラシルでもトップクラスの廃人ゲーマーだった者から見れば、その一連の動作は身内贔屓で言っても中級者ほどの技量であった。
とてもじゃないがオロチに一太刀でも入れられるようなものではない。
ただ、当然ヤルダバオトも自分の付け焼き刃の技術がオロチに通用しないことなど、端から分かっている。
「ええ、もちろんそれは理解しております。だからこうして……策を用いさせていただきました」
「っ!」
オロチの顔がわずかに驚愕の感情を映し出した。
足下の地面に魔法陣が展開され、眩い光を放ち始める。
一言で言えば、罠。
それも範囲内にいる全ての人物に対して、回避不能の様々なデバフ効果を与えるという特殊な魔法トラップだ。
デバフの内容は能力低下、状態異常、HP減少、MP減少、拘束、etc……。
ありとあらゆるデバフ効果を詰め込んだ凶悪な魔法であった。
オロチでさえ察知できないように巧妙な手口で隠蔽されたそれは、たとえ100レベルのカンストプレイヤーでも嵌れば危うい危険なもの。
どうやら今までの攻撃は全て、オロチをこの場所にまで誘導するための布石だったらしい。
侮ったりしないと言いつつも、こうもあっさり引っかかってしまった自分への情けなさより、見事な連携で罠の場所まで誘導していた配下たちへの称賛が勝ち、思わず笑みが溢れてくる。
「やられたよ。ここまでの魔法を用意してくるとは思わなかった。ビックリしすぎて、ついうっかり無効化し忘れてしまった」
本来ならば身につけているワールドアイテムの効果で、あらゆる状態異常などの効果は無効化されるはずだったのだが、オロチはあえてその効果を身体で受ける。
重りを付けられたようにズッシリと重力を感じ、気を抜けば膝をついてしまいそな虚脱感がその身を襲う。
「だが、能力が下がったくらいでは俺は止まらないぜ?」
戦意を滾らせたオロチの視線がヤルダバオトに突き刺さった。
「その魔法は私がかなりの手間を割いて作成した力作のトラップだったのですが、やはり貴方には通じませんか。流石は月華の英雄とまで呼ばれるお方。お見事でございます。ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、我ら一同全身全霊で挑ませていただきましょう」
すると、あらかじめ取り決めていたような動きで、ヤルダバオトたちは次々とオロチに攻撃を仕掛けてきた。
流れるような連携、集団戦において理想的な動きを一人一人が考えて行動している。
オロチの額にも汗が滴り落ちてきた。
しかしあと一歩、オロチにダメージを与えるにはあと一歩何かが足りない。
「……これはできれば使いたくはありませんでしたが、仕方ありませんね」
そう言ってヤルダバオトは指をパチンと鳴らした。
すると今度は広場全体に魔法陣が展開され、赤黒い光が妖しく光り始める。
「おいおい、マジかよ……。どんだけ奥の手を隠してんだ? こいつは――超位魔法じゃねぇか」
未だ笑ってはいるが、明らかにオロチの顔から余裕が完全に消え失せた。
圧倒的なまでの実力を持っているオロチからしても、今広場で展開されている超位魔法はかなり厄介なものだ。
先ほどのトラップも厄介と言えば厄介だったが、こちらの魔法は文字通りレベルが違う。
「もう少しオロチ様のお相手をしたい気持ちもあるのですが、そろそろこの辺で失礼します。代わりと言っては何ですが、コレが貴方のお相手を務めますのでお許しください」
「ちょ、おま――」
オロチの言葉は届くことなく、ヤルダバオトとメイドたちは転移魔法によって姿を消してしまったのだった。