イビルアイを見送ったあと、まずオロチは自身に掛けられていたデバフ効果を打ち消すため、ストレージに入っていたポーションを飲んでそれを回復させた。
ワールドエネミーを相手に、これ以上のハンデを付けて戦闘を行うなど自殺行為。
無論、全力を出せないという時点で無謀ではあるのだが、それについてはもうどうすることも出来ないので諦めている。
「ふぅ……それでどうするか。なんの考えも無しに戦うってのも、流石に無謀だよなぁ」
飲み終わったポーションの空き瓶を放り投げ、ため息をつく。
これから呼び出されるであろうワールドエネミー、『七大罪の魔王』はそれぞれの大罪をモチーフにした7体の悪魔だ。
『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』。
特殊なスキルを用いて戦う、名実ともに最強クラスのモンスターたちである。
全力で戦えるのなら喜んで斬りかかるのだが、とてもじゃないが今はそんな気分にはならなかった。
(でも、あのデミウルゴスのことだ。何かしら手段を残している……はず)
そう考え、オロチは周囲を隈なく観察する。
デミウルゴスがこの場を乗り切るために何らかの手段を残していると、確信にも似た感情を抱きながら感覚を張り巡らせた。
そして、この広場にはいくつかの魔法が待機状態で設置されていることに気付く。
それほど隠そうとしていないのか、見つけようと思えばすぐに発見できるような隠蔽の仕方だった。
まるでオロチに気付いてくれと言わんばかりである。
「これは……なるほどわからん」
しかし、何かが仕掛けてあるとは分かったが、それがどういうものなのかはさっぱりだ。
とんでもない数の魔法の種類を記憶しているアインズとは違い、オロチが覚えているのは限られた一部だけ。
それでもかなりの量ではあったが、少なくとも自分が知っているものの中にはいま仕掛けられている魔法は存在しなかった。
オロチは考え込み、そして……ひとつの結論を叩き出す。
(ま、なんとかなるか。他でもないデミウルゴスが計画した作戦なんだから、きっと問題ないさ。大方、特殊な結界とかだろう)
信頼という名の思考放棄だった。
元々細かい事を考えるのは面倒という性格なので、意図を読み解くようなことは苦手なのだ。
知りもしない魔法についての考察など億劫でしかない。
そういったことは本来アインズの担当である。
考えるよりも行動、それがオロチという存在だった。
そうしてオロチは考えることを中断し、ストレージ内に入っている非常用のポーションを確認し始めた。
他にも戦闘に使えそうなアイテムをいくつか見繕い、すぐに取り出せるようにセットしておく。
着々と準備を進めていると、50名ほどの集団がこの広場へ向かってきているのが見えてくる。
その集団の先頭にはイビルアイとラキュース、そして二人の近くにはもう一人小柄な少女の姿があった。
この広場に近付いて来ているということは、彼らが命を投げ打ってでもこの街を救いたいという勇者たちなのだろう。
50人という数が多いのか少ないのかは何とも言えないが、ぞろぞろと有象無象に来られても邪魔になるだけなので、これくらいがちょうど良い人数と言える。
そんな事を考えていると、イビルアイがぶんぶんと腕を振りながら走り寄ってきた。
「オロチ様ー! これだけの数が集まりました。もちろん、私たち『青の薔薇』も参戦しますよ!」
「ああ、ご苦労だった。ただ、お前はもう十分に戦ったのだから、後方で休んでいても良いんだぞ?」
「オロチ様が戦うというのに、私が休んでいるわけにもいきません! ぜひ最後までお供させてください!」
絶対に最後まで戦う、そんな決意を秘めた目を彼女はしている。
そこまで一緒に戦いたいと言われると、流石のオロチも悪い気はしない。
「……そうか。なら最後まで一緒に戦うとしよう。よろしく頼むよ、イビルアイ」
そう言うとイビルアイは笑顔になり、『はいっ!』と元気よく返事を返した。
そのまま彼女と会話していると、今度は冒険者たちに紛れていた王国兵士の一団の一人が話しかけてくる。
「お久し振りです、オロチ殿。私のことを覚えておいででしょうか?」
「ん? ……あぁ、お前は確かガゼフ・ストロノーフか。カルネ村の時以来だな」
声の主は王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフだった。
彼とは以前、カルネ村がスレイン法国に襲われた時に顔を合わせている。
ガゼフは自身の名前を覚えてくれていたことに笑みを浮かべると、その後オロチに膝をついて頭を垂れた。
「我が国のために参戦して頂き、感謝の言葉もありません」
兵士たちのトップの地位にいるガゼフがそうすると、後ろにいる兵たちも次々と同様の行動を取る。
実力はともかく、少なくとも練度という面ではそれなりに高いらしい。
「ここまで来たんなら、俺も最後まで見届けるさ。それに、あとでたんまり報酬をぶん取るつもりだから安心してくれ」
オロチがそう言うと、ガゼフは苦笑した。
王都を救った英雄に支払う報酬など、一体いくらになるのかという心配もあるが、それ以上にオロチのその言葉が何よりも頼もしい。
「お、おい、少し様子がおかしいぞ!?」
すると、冒険者の一人がそんな声をあげた。
声につられて魔方陣の方に視線を向けてみれば、今まで以上の光を放ちながら点滅を繰り返している。
もしも魔法に詳しくない者がこの光景を見ても、これから何かが起こると察してしまうだろう。
それくらい分かりやすい反応だった。
いよいよモンスターが出現する。
オロチは自然と声を張り上げていた。
「気を引き締めろ、そろそろ出てくるぞ! 一瞬でも気を抜けば死ぬと思え!」
オロチのその一声に、一気に場の緊張感が高まる。
そして、遂に魔法陣から複数の声が重なったような底冷えする叫びが聞こえてきた。
『――――ぁぁぁぁああああああ…………!!』
瞬間、この場にいる者たち全てにドッと虚脱感が襲う。
地獄の亡者の叫び。
それは紛れもなく目の前にいるモンスターのスキルである。
オロチはそのスキルの正式名称を知らなかったが、その効果とそれを使うモンスターの正体は知っていた。
「……全てのスキルと魔法の使用禁止。よりにもよって『嫉妬』のレヴィアタン、かよ」
オロチは珍しく渋い表情を浮かべていた。