鬼神と死の支配者127

「戦えなくなった者は後ろに下がれ! 死んでしまった仲間の身体は……そのまま放置しろ! 今はただ、目の前の相手に集中するんだ!」

 王国戦士長ガゼフの怒号が広場に響く。
 昨日までは多くの人々が行き交う王都でも有数の活気ある広場が、今では死体があちこちに転がる戦場となっていた。

 既に多くの者が死んでいる。
 まだ二、三分ほどしか経過していないというのに、生き残っている者はもう十人もいない。
 ワールドエネミーと戦っていると考えれば上出来だが、その事実はあまりにも残酷な結果だろう。

 ガゼフはふと周囲を見渡し、自分が護るべき場所がこのように荒れ果ててしまった事を嘆く。
 だが今は嘆いている暇などない。
 すぐに視線を敵である巨大な蛇に戻し、自分の剣を構え直した。

 すると、今度はオロチの声が響く。

「――ブレス攻撃が来るぞ! 死にたくなければ俺から離れろ!」

「っ! 総員退避ぃぃー!」

「シャアァァァーーー!!」

 大きく開かれた蛇の口から、邪悪な瘴気を伴った毒霧が噴射された。
 その毒霧に触れた地面の石ブロックが音を立てて溶け、周囲の空気が淀み、汚れきった下水のような臭いが広場に充満する。

「ぎゃあああぁぁ!! 足が……俺の足がぁ……!」

 そして、石が瞬時に溶けるような強力な毒を人間が浴びてしまえば、当然だがいとも簡単にその肉体は溶けてしまう。
 更に不幸なことに、この毒霧は単なる毒ではない。
 ワールドエネミーが吐き出すブレス攻撃がそんな生易しい筈がないのだ。

「うぅ……痛い、痛い…………イタイ」

 毒霧を浴びて苦しんでいたはずの冒険者が急に大人しくなり、次の瞬間には全身を黒く染め上がった姿へと変化する。
 その後、あれだけ苦しんでいたにもかかわらず、その冒険者はすくっと立ち上がった。

 他にも既に息絶えていた筈の戦士たちが同様の状態で復活を遂げる。
 まるでその姿は、最初に現れた不気味な人型のバケモノそのものだった。

 その光景を見たオロチは眉を顰める。

(うげっ! そういやレヴィアタンにはそんな能力があったな。はは……ついうっかり忘れてた。すまんな、名も知らぬ冒険者と兵士諸君。俺が責任持って葬ってやるから勘弁してくれ)

 オロチはすぐさま動き出した元人間たちの首を刎ねた。
 首を刎ねられてみ動き回る……などという事はなく、モンスターへと変質した元人間はピタリと活動を停止する。

「コイツらは首を刎ねれば動きが止まるみたいだ。俺が本体の相手をするから、その間にお前たちがコイツらを何とかしてくれ!」

「……分かった、オロチ殿。露払いは我らが受け持とう」

 共に戦った戦士に刃を向けるのには抵抗があったが、だからと言って戦わないという選択肢はガゼフにはない。
 仲間だった者たちへ心の中で謝罪し、ガゼフは剣を振るう。

 ラキュースやイビルアイといった生き残りたちも同様に、すっかりモンスターへと変わり果てた仲間の首を刎ねていく。
『青の薔薇』のリーダーであるラキュースも、オロチと共にヤルダバオトと戦ったイビルアイも、王国戦士長であるガゼフさえもが心が折れかけていた。

 これほどの絶望的な状況の中、心が折れていないのはバケモノと対等……いや、対等以上に渡り合っているオロチの存在があるからだろう。
 次元の違う強さを持つ味方がいるからこそ、彼らはまだ戦えるのである。
 もしも彼が居なければ、今頃は呆気なく全滅させられていただろうことは想像に難くない。

 現に戦いが始まってからというもの、レヴィアタンが攻撃を加えているのはオロチだけである。
 他の者たちはあくまでもその余波によって死んだり、負傷したに過ぎずないのだ。
 レヴィアタンが脅威と認識しているのはオロチだけで、それ以外の者は塵芥にでも見えているのかもしれない。
 故にほぼ全ての負担がオロチの肩にのし掛かっていた。

(残り時間は一分を切ったくらいか? 時間稼ぎくらいならこのまま何とかなりそうだが、そろそろガゼフたちが限界かもしれないな。ここまで来て死なれると、折角の生き証人が減ってしまうから生き残って欲しいんだが……)

 レヴィアタンからの噛みつき攻撃をジャンプで回避しながら、オロチはそんな事を考えていた。

 全力を出せない今のオロチが、ワールドエネミーを相手に渡り合えている理由は、レヴィアタンが第一形態と呼ばれる初期の状態だからである。
 この第一形態であれば、まだまだワールドエネミーとしての力を十全に出し切っているとは言えない。
 所詮は挨拶程度の実力しか発揮していないのだ。

 もっとも、だからといって弱いという訳ではない。
 ほぼ単騎で抑え込むことが出来ているのは、ユグドラシルでトップクラスのプレイヤーだったオロチだからこそ成せる業である。

 もし同じ状況にアインズが追い込まれてしまった場合、後衛職である彼では一分もたせるのがやっとだろう。

「もうすぐだ! もうすぐでコイツは消える。最後の力を振り絞れ!」

「聞いたかお前たち、ここが踏ん張りどころだぞ! 散って行った仲間たちの為にも、諦めずに戦うのだ! 勝機は我らにあり!」

 もはやまともに動けているのは、オロチの他には数人しかいない。
 いや、まだ数人もいると言った方がいいだろう。
 いくらオロチにヘイトが向いているとはいえ、推奨レベルよりはるか下であろう人間たちにしてはよく戦っている。

 ――その時、デミウルゴスの置き土産である仕掛けが発動した。

 広場中に小さな魔法陣がいくつも展開され、そこから金色に輝く鎖が無数に飛び出してくる。
 そしてその鎖は、真っ直ぐにレヴィアタンの身体に絡み付いた。

「――ァァァアアアアアアアアア!!!」

 レヴィアタンの人型の部分から発せられる叫び声。
 この世の者とは思えないほどおぞましくはあるが、それ以上に苦しげな声だった。

「こ、これはオロチ殿が……?」

 その問いには無言のまま、オロチは一時的に動けなくなったレヴィアタンに渾身の力で刀を突き刺した。

 

   

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