鬼神と死の支配者128

 訪れる静寂。
 生き残った者たちの視線がオロチが突き刺した部分に集中し、今までの激しい戦闘音が嘘のように静まり返っている。
 誰しもがあまりにも突然のことで、頭の方の理解が追い付いていない様子だった。

 そんな中、オロチはおもむろに刀をレヴィアタンから引き抜いた。

「――ァァァ……」

 紫色の毒々しい血液が飛び散り、致命的なダメージを負ったレヴィアタンの口から微かな呻き声が聞こえてくる。

 設定されていた膨大なヒットポイントが、先ほどのオロチの一撃で全損したのだろう。
 レヴィアタンのその巨体がゆっくりと倒れていった。
 オロチはそれに巻き込まれる前に蛇の頭から再び跳躍し、華麗に着地を決める。

「これで終わったのか……?」

「ああ、その筈だ。あれを見てみろ。クソったれな蛇の身体が灰になっていくぞ」

 ガゼフの呟きにオロチが答え、倒れたレヴィアタンの身体はその言葉通り灰となって消えていく。
 これで本当に戦いは終わったのだと、その光景を見届けた者たちの力が一気に抜け、一人残らずその場にへたり込んでしまった。
 どうやらとうの昔に肉体の限界は超えており、終盤は気力だけで持ち堪えていたようだ。

 アダマンタイト級冒険者チームのリーダーであるラキュースもその例に漏れず、疲労を隠す余裕もなさそうにぐったりしていた。

「ようやく終わったのね。死地だと覚悟はしていたつもりだったけど、まさかここまでの地獄が待っているとは思わなかったわ……。しばらくは絶対に依頼なんて受けないで休暇にしましょう」

「ずいぶん疲れた表情をしているが、大丈夫か? でも、私はオロチ様の凛々しいお姿を見られたからすっかり元気になったぞ」

「……イビルアイ、貴女ってそんなに面白い性格をしていたかしら?」

「あのバケモノをまったく恐れずに立ち向かう勇気。皆を奮い立たせるリーダーシップ。そして何よりあの強さ。あぁ、オロチ様はなんて凄い人なんだろうか。あのお方こそ真の英雄と呼ぶに相応しい人物だ」

「はぁ、聞いてないし」

 ラキュースはまるで狂信者の如くオロチを称え続けるイビルアイに呆れた視線を向けつつも、彼女自身もチラリとオロチを盗み見た。
 その姿には大きな傷は見当たらない。
 彼はあの激戦を大きな怪我もなく切り抜けていた。
 それも敵からの攻撃をたった一人で受け持って、だ。

(そんな事が本当に可能なのだろうか。いや、現にやってのけたのは間違いないんだけど、オロチ殿の強さははっきり言って異常だ。それこそ、私たちと同じ人間というのが信じられないくらいに。イビルアイみたいに、純粋に喜んでも良いものなのか?)

 あまりに圧倒的過ぎる力であるが故に、ラキュースは憧憬と同時に多少の畏れを抱いていた。

「あー! ラキュース、お前いまオロチ様に見惚れていただろう!? フッフッフ、ついにお前もオロチ様の魅力の虜になったのか。ま、あれほどのお方なのだから無理もないなっ。うんうん、これからは一緒にオロチ様のファンとして頑張ろうな!」

「…………はぁ」

 しかし、そんな能天気なことを言う仲間の顔を見ると、小難しいことを考えている自分が馬鹿らしくなった。

(まぁ、彼が何者であろうとも王都を守るために戦ったというのは事実。今は私たちが生きている事を喜ぶとしよう)

「俺を呼んだか?」

「オ、オロチ殿!?」

 急に現れたオロチにドキリとするラキュース。
 それは内心で怪しんでいた本人が急に現れたという驚きからくるものだったが、自分と同類と思っているイビルアイは別の捉え方をした。

「聞いてくださいオロチ様、ラキュースは――」

「イビルアイ、貴女は少し静かにしてて!」

 ここで余計なことを言われては堪ったものではないと、ラキュースは語尾を荒げてイビルアイの口を無理やり閉じさせる。
 その行為がかえって彼女に確信を抱かせていることに気が付いていないようだ。

「二人は仲が良いんだな。でも今はそれより、余裕があるなら死体の選別を手伝ってくれないか? 蘇生できる可能性はまだあるかもしれないんだ。だったら、たとえ僅かな可能性だったとしてもそれに賭けてみたい」

 生き残っているの者は、オロチ以外では5名だけだった。
 王国の兵士はガゼフしか生き残っておらず、それ以外の生存者はすべて冒険者という結果である。
 もしかすると何人かは蘇生できる可能性もあるが、それは多少の慰めにしかならないだろう。

「は、はい! それはもちろん手伝います。ほらイビルアイ、貴女も行くわよ」

「むぅ~!」

 ラキュースはイビルアイの口元を抑えたまま、オロチの提案通り作業を開始する。
 そうして生き残った全員で蘇生出来る可能性がある死体を選別していると、 ガゼフが再び話しかけてきた。

「オロチ殿、少し伺いたい事があるんだが」

「なんだ?」

「最後にあのバケモノを拘束した黄金の鎖、あれもオロチ殿が?」

「あれは――いや、あれについて俺から言えることは何もない。すまんな」

 あからさまに何かを隠しているような答えだったが、恩人であるオロチに対して詰問するほど、ガゼフという男は厚顔無恥ではない。

「今回の立役者から無理に聞き出そうなどとは思っていないさ。私の方こそつまらないことを聞いたようだ。今のは忘れてくれ」

「そうしてくれると助かるよ。お、ちょうど夜が明けたみたいだぞ」

 王都の街を照らすように朝日が昇り始める。
 広場は悲惨な状態ではあったが、それでもようやく戦いが終わったのだという実感が沸々と湧いてきた。

「……我らは勝ったのだな」

 ガゼフは様々な感情が入り混じった声でそう呟いた。
 この戦いで多くの勇敢なる戦士たちが死んだ。
 冒険者も兵士も関係なく。
 彼らの死は、果たしてオロチ殿の役に立ったのだろうか。

 口に出してしまうのがとても恐ろしく、ガゼフのその問いは夜の闇と共に消えてしまった。

 

   

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