鬼神と死の支配者129

 ヤルダバオトの襲来、そしてワールドエネミーとの戦いから丸一日が経った。
 王都にはまだまだ戦いの爪跡がはっきりと残っているが、それでも徐々に国民総出での復興が始まっている。
 それはやはり、冒険者オロチの英雄的な活躍によるものが大きいだろう。

「なぁ、知ってるか? 『月華の英雄』と呼ばれる冒険者のことをさ」

「知っているに決まっているだろう。この王都をバケモノから命がけで救ってくれた、伝説級の強さを持つ冒険者様だ。この王都で知らないやつはいない。聞くところによると、吟遊詩人たちが早くも今回の一件を歌にしていているらしいぞ。新たな英雄の誕生だ、ってな」

 街の至る所でこういった会話が聞こえてくる。
 王都が滅びかけたことは、人々の記憶に忌まわしい歴史として刻まれたが、それと同時にこの窮地を救ってくれた英雄の誕生に民衆は沸いているのだ。

 それも無理はない。
 今回の騒動は王国の歴史上でも稀に見る危機だったが、それを最低限の被害で収束させたオロチの名声が高まるのは必然である。
 さらに狙い澄ましたかのように王都に集まっていた吟遊詩人たちの存在が、それを大きく後押していた。

「おい、向こうの酒場でまたあの吟遊詩人が歌うらしいぞ。ちょっと行ってくるから、俺の代わりに店番を頼む」

「お前いったい何回聞いたら気が済むんだ? ていうか、あの美人が歌うんなら俺も行きたいんだが?」

 あちこちの酒場や広場で、オロチの活躍が物語として歌われている。
 誰しも英雄譚には憧れるものだ。
 その語り手が見た目麗しい者であれば、なおさら人々はその物語を聞き入ってしまう。
 これにより、オロチの名声を高めるという目的をこれ以上ないほどに達成する事ができた。

(これで無事に目的は達成したか。ま、予想外のことも多かったが、終わり良ければ全て良しだ。これでしばらくはナザリックの活動資金に困ることもないだろうし、俺は少し休暇でも貰うとしよう)

 そしてその張本人であるオロチは今、王国が主催している面倒な式典には参加せず、顔を隠して街の中でも人気が少ない場所を散策していた。
 顔を隠しているのは騒ぎになるからだ。
 不特定多数から群がれるなど、オロチにとっては鬱陶しいだけである。

(聞こえてくる声はどれもこれもオロチオロチと喧しい……。そりゃ悪口を言われている訳じゃないからマシだが、ここまでくれば馬鹿にされているような気がするから不思議だな。やはり、ほとぼりが冷めるまでナザリックに引き籠ろう)

 オロチ最悪、パンドラに代役を頼めば精神の安定は保たれる筈だと、心を落ち着かせた。

 ちなみに、リ・エスティーゼ王国国王を始め、オロチは多くの貴族たちから感謝の言葉を送られており、それなり以上の報酬もしっかりと受け取っている。
 デミウルゴスの作戦で、倉庫の中身を頂戴したことを考えれば然程多くはないが、それでも決して少なくない額だ。

 そしてもちろん、オロチの活躍を称える声は王都だけに留まることなく、商人などから瞬く間に王国中に広がり続けていた。
 その勢いは衰える兆しをまるで見せず、オロチの英雄譚はそう遠くないうちに多くの人々に知れ渡る事が予想される。
 いずれは他国までその名声が届くのは間違いないだろう。

 オロチが途中で冷や汗を流していた事を除けば、全てがデミウルゴスの狙い通りの結果に終わっていた。

(ワールドエネミーが出てきた時は一体どうなることかと思ったが、案外なんとかなるもんだな)

 そんなことを考えながら街を見て歩いていると、冒険者用の装備を身に付けたナーベラルが現れた。

「お迎えに上がりました、オロチ様」

「お、ちょうど良いところに来てくれた。実は数日くらいはナザリックで休暇を取ろうと思ってたんだ。だから一緒に――」

「オロチ様ー! お待ちくださいー!」

 自分の名前を呼ぶ声が聞こえて後ろを振り向く。
 そこには仮面を被った少女――イビルアイの姿があった。
 妙にオロチに懐いている彼女は、戦いの後も何かとオロチの傍にいようと付いて回り、まるで子犬のようだとオロチは密かに思っている。

「あの女、目障りですね。消しますか?」

「よせよせ、彼女はあれでも俺たちと同じアダマンタイト級の冒険者だ。下手に殺すと確実に面倒な事になる。それに出来るだけ彼女とは有効的な関係を築いておきたい」

「……かしこまりました」

 僅かな間が空いたものの、ナーベラルは殺意を引っ込めた。
 完全には納得がいっていない様子だったが、彼女は彼女なりにそれを隠そうとしており、転移直後からの成長が伺える。
 少し前のナーベラルならば、あからさまに不承不承といった態度を取っていただろう。

「もう行ってしまわれるのですか? 主役であるオロチ様には是非、これから行われるパレードに参加して頂きたかったのですが……」

「悪い、そういうのは苦手なんだ。そのパレードってのは俺抜きでやってくれ。それに、俺はもうこの街から出て行くつもりだから、どちらにせよ参加することはない」

「そうですか……ん?」

 そこで、オロチの隣にいるナーベラルの存在に気が付いた。
 親しげにオロチの傍に控える彼女を見ると、自然とイビルアイの眉間にしわが寄る。

「あの、そちらの女性は?」

「ああ、こいつは俺のパーティーメンバーであるナーベラルだ。イビルアイと同じマジックキャスターで、こう見えてかなり優秀なパートナーでもある」

「どうも、オロチ様の『パートナー』であるナーベラルと申します。以後お見知り置きを。イビルアイさん?」

「……ほぅ?」

 パートナーという単語をえらく強調したその台詞を、イビルアイは挑発と捉えたようだ。
 仮面越しでも分かる程度には怒気が伝わってくる。
 ナーベラルは不敵な笑みを浮かべるだけだが、オロチは不穏な雰囲気を察して口を閉ざしたのだった。

 

   

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