鬼神と死の支配者131

 少し前までビーストマンの侵略によって滅亡の危機に晒されていた竜王国。
 しかし、オロチとその一行が侵略者であるすべてのビーストマンたちを文字通り根絶やしにし、いまではすっかりと活気がある元の姿を取り戻していた。

「うむ、ここからでも見て分かるくらいに民たちが活き活きしておる。これも全て、オロチ殿がこの国を救ってくれたおかげだ。本当に彼には感謝してもしきれんな」

 竜王国の女王であるドラウディロン・オーリウクルスは、活気が溢れている街を一望して満足げに頷いた。

 一時はまるで敗戦国のような雰囲気さえ漂っていたこの国も、いまやそれが一転して飛ぶ鳥を落とす勢いで経済を回復させていっている。
 その勢いは留まることを知らず、更なる発展を遂げることは間違いない。
 国を治める者としてこれ以上に喜ばしいことはないだろう。

 そして、彼女には笑顔の理由がもうひとつあった。

「なんと言っても、あのロリコン冒険者の視線に晒されないことが最高に素晴らしい!」

 ドラウディロンは曇りのない笑顔を浮かべる。
 彼女が思い出すのは、謁見のたびに自分の幼い身体に卑猥な視線をぶつけてきていた冒険者――セラブレイトだ。

 当時の竜王国の防衛力では、戦力的に大きいアダマンタイト級の冒険者を突き放すことなど出来ず、自分を餌にしなければならないというかなり緊迫した状況にあった。
 そして身体を子供のように小さくすると精神まで幼くなってしまうので、そんな状態で舐め回すような視線を受けていた彼女の心境は中々のものである。

 自国の為に戦っている冒険者とはいえ、ドラウディロンが嫌悪感を抱いてしまっても無理はないだろう。
 それの反動なのか、解放された今のストレスフリーな生活が楽しくて仕方ない。

「陛下、そろそろお仕事のお時間です」

「宰相よ。人がせっかく人生の素晴らしさについて考えていたのに、それを邪魔するとは一体何事か?」

 幸せな気分に水を差され、思わずムッとしてしまう。

「陛下には今後、新たなる王となられるオロチ様を支える為にありとあらゆる知識をその頭に叩き込んで頂きます。政治や経済は勿論のこと、裁縫から夜伽のテクニックまで必要な知識を余すことなく――」

「ま、まて! 夜伽だと!? そんなことを何故わざわざ私がしなければならない!?」

「お忘れなのですか? ビーストマンからこの国を救ってくれたオロチ様は、近い将来我が国の王位をお継ぎになられます。当然その妃は陛下でなければなりません。少なくとも、竜の血を引くお世継ぎが産まれるまではオロチ様と円満な関係を築いて頂かなければ」

「うぅ……」

 王としての正論を言われてしまい、目尻に涙を浮かべて下唇を噛むドラウディロン。
 ひどく同情心を誘う光景だが、長い間そんな彼女を武器として国を支えてきた宰相には通用する筈もない。
 彼は同情するどころか眉ひとつ動かすことなく口を開いた。

「オロチ様の趣味趣向がわからないので、いまの子供形態と通常の大人形態を使い分けて夜伽の訓練をしてもらいます。ちなみに拒否権はありませんので悪しからず」

「鬼! 悪魔!」

「この国の為なら、私は喜んで鬼でも悪魔にでもなりますよ。ささっ、四の五の言わずに行きましょう」

「ふ、不敬罪だ! 誰か此奴を引っ立てろ!」

 ドラウディロンがそう騒ぐも、周りにいる兵士たちは微動だにしなかった。
 彼らはすでに宰相が買収済みの者たちだ。
 もちろんドラウディロンに手荒な真似をするとなれば別だが、彼女の花嫁修行のためとあれば喜んで見守ることを選択する。

 そうして猫のように首根っこを掴まれて連行されていくその姿は、女王としての威厳など皆無であり、見た目通りの年齢にしか見えなかった。

「はぁ……全く。オロチ様の何が不満なのですか? 見た目よし、冒険者としては最高評価のアダマンタイト、おまけにこの国を救った英雄です。結婚の相手としてはこれ以上ないほどに完璧なお方ではありませんか?」

「だ、だってぇ、結婚するならまずはお互いのことをよく知ってからじゃないと……」

 ドラウディロンは頬を染めて身体をモジモジさせる。
 見た目が幼女なのでギリギリ問題にはならないが、本来の年齢を知っている者からすれば痛々しいことこの上ない。
 宰相は氷のように冷たい表情で無慈悲な一言を浴びせた。

「失礼ながらご自身のお歳を考えられた方がよろしいかと」

「う、うるさい! 私だって結婚に夢を見たっていいじゃないか!」

「だからその婚姻を円滑に進める為に花嫁修行をするのですよ。陛下の肩には竜王国の未来が掛かっているのですから、積極的にオロチ様を誘惑して頂かないと。安心してください。この為だけに竜王国で一番人気がある娼婦を呼んでいますから」

「うわーん!」

 とうとう逃げ場がないことを悟ったのか、ドラウディロンはようやくジタバタするのをやめて大人しくなった。
 彼女も別にオロチとの婚姻が嫌な訳ではないのだ。
 ただ少しだけ、本当に少しだけ結婚というものに夢を見てしまっているだけである。

「泣いても無駄です。その程度で動じていれば、この国で宰相など務まりませんからね。ほら、この後も予定が詰まっています。早く行きますよ」

「…………はい」

 彼は本当に鬼か悪魔の血を引いているかもしれない。

 なお、これはオロチがビーストマンを滅ぼした数日後の話である。

 

   

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