鬼神と死の支配者132

 ナザリック第九階層――『ロイヤルスイート』にある自室、そこでオロチはベッドで横になりながら何枚かの書類をパラパラと眺めていた。

「うーん、国の運営なんて昔にやってたシミュレーションゲーム以来だからな。それも所詮はゲームだし、いざ実際にやってみろと言われても何から手をつけたら良いのか見当もつかん。とりあえず、科学を発展させて産業革命でも起こせばいいのかね?」

 暗闇の中、ランプの灯りがオロチの思案顔を照らしている。

 彼がいま見ている書類は、竜王国の運営についてが書かれている計画書だった。
 正式にはまだ国王の位を譲位されていないが、ビーストマンを撃退した事によって彼の国の国王はオロチになる事が決定している。
 なのでアインズから、竜王国に関する全ての責任者に任命されてしまったのだ。

 しかし、元一般市民に国を統治させるなど無理難題にも程がある。
 その上ただ統治するだけではなく、周辺国に勝るくらいの国力へと押し上げ、なおかつ裏でナザリックの影響力を高めろという命令が下されていた。

 無理ゲーだと投げ出したいところではあるが、任された以上、自分ができることはやらねばならないだろう。
 もちろんアインズもオロチには畑違いなことを理解しているので、配下たちの中からサポートを数人選んでもいいことになっている。

(誰でもって言っても、当然だがデミウルゴスとアルベドを引っ張っていくことはできないんだよなぁ。二人ともナザリックの統治やらでかなり忙しいし、物理的に不可能だ)

 多少のアドバイスを求めるのなら兎も角、自分の補佐として引っ張っていくことは出来ない。
 デミウルゴスとアルベドにそんな余裕はないのだ。
 ナザリックの頭脳とも呼べるその二人に頼れたのなら、オロチがここまで悩むことはなかっただろう。

 そうして考えを巡らせていると、オロチのすぐ隣でモゾモゾと何かが動いた。
 どうやらベッドの中にはもう一人誰かいるらしい。

「んっ……どうかされましたか?」

 深く被っていた毛布からひょっこりと顔を覗かせたのは、産まれたままの姿を恥ずかしげもなく晒しているナーベラルだった。
 暗い場所でもはっきりと分かるほどの美貌。
 いつものポニーテールを解き、ロングの髪を下ろしている姿がなんとも言えない色気を醸し出している。

「おっと、起こしてしまったか。すまんな。まだ寝てても良いんだぞ?」

「いえ、こうしてオロチ様とお話ししていた方が私は幸せですから。是非このままで……ダメですか?」

 潤んだ瞳を上目遣いで向けてくるナーベラル。
 彼女ほどの美貌でそんな仕草をされてしまえば、その破壊力は計り知れないものがある。
 美人が多い配下たちのおかげで高くなったオロチの耐性を以ってしても、いまのナーベラルは抗い難い魅力を発していた。

「ダメな訳ないさ。ちょうど行き詰まっていたところだし、少し話し相手になってくれ」

「よろこんで」

 ナーベラルは微笑みを浮かべながらオロチの肩にしなだれかかった。
 ふわりと漂ってきた彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
 つい緩んでしまいそうになる頬を何とか引き締め、オロチは努めて凛々しい顔を保ちながら今頭を悩ませている事について簡単に説明した。

「――という事なんだ。一体どうしたもんかと考えてはいるが、イマイチ良い案が浮かんでこないんだよ」

「でしたら人間を使えばよろしいかと」

「ほぅ? 人間か」

「はい。人の多くは蛆虫程度の価値しかありませんが、ごく稀に多少は使える虫が紛れていますからね。そういった者たちを洗脳するなりして、我らがナザリックの手駒にしてしまえばどうでしょうか。それならば、こちらの思う通りに国を掌握できると思います」

 なるほど。
 確かにそれならばオロチがそこまで苦慮することは無いだろう。
 少し前まで全ての人間を見下していたナーベラルからは、想像もつかないほど柔軟な考え方である。

 だが同時に、もしも洗脳していることが国民や他国にバレてしまえば、取り返しが付かなくなるという諸刃の剣でもあった。
 下手をすればナザリックの存在が明るみに出てしまい、時期尚早と言わざるを得ない段階で人間たちとの戦争が起こってしまう可能性がある。

 ナザリックの名前が表に出るときは、この世界を完全に支配できると確信してからだ。
 アインズはもちろんのこと、意外だがオロチもどちらかといえば慎重派であり、特にナザリックに関することには一欠片の妥協も許したくなかった。

「お前の口から人間を使うという言葉が聞けて嬉しいんだが、洗脳というのは無しだな。バレたときのリスクが大きすぎる。だが人間を使うってのは悪くない。助かったよ、ナーベラル。お前のおかげでなんとか考えがまとまりそうだ」

「いえ、オロチ様のお役に立てたのなら良かったです」

 サラサラの黒髪を梳くように撫でると、ナーベラルはほんのり頬を赤く染めた。

「そういえば、そっちは今どういう状況なんだ? コキュートスの補佐は上手くいっているのか?」

「はい、リザードマンの統治は滞りなく行えていますよ。既に私の力が無くとも、コキュートス様お一人でも問題ないかと思われます。なので是非、私をオロチ様のお傍に」

「ははっ、それじゃあナーベラルには俺の方を手伝ってもらおうかな?」

「ありがとうございます!」

 そこまでストレートに言われると少しだけ照れ臭かったが、ナーベラルの満面の笑みを見るとそれ以上に愛おしさが込み上げてくる。
 そして、ランプの灯りに照らされた二人の影がそっとひとつに重なったのだった。

 

   

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