鬼神と死の支配者134

 シズ以外のメンバーは王城へと向かう為、街中を移動していた。
 ハムスケのような巨体が出歩けば間違いなく目立ってしまうので、いまはコンスケの妖術によって認識を阻害している。
 そうすることで、たとえハムスケが街中を出歩こうとも誰も気にしなくなり、救国の英雄であるオロチたちの姿を見つけられる者も皆無になるのだ。

 もっとも、実際にオロチの姿を見たことがあるのはほとんどが冒険者だけなのだが。

「あ、そうだクレマンティーヌ。とりあえず当面の活動資金を渡しておく。足りなくなったら言ってくれ。また追加で渡すから」

『はーい。ありがとう……って、ちょっと多くない? これ全部金貨でしょ?』

 ずっしりと重みのある袋の中には、クレマンティーヌの言った通り金貨がパンパンに詰め込まれている。
 その金貨の数はいくら活動資金だとしても明らかに多すぎた。

「今後活動していく上でも、何かと金は必要だろう? もし余っても返さなくていいから取っておけ。それは俺やナザリックからの信頼の証だからな」

 クレマンティーヌは概ねナザリックでも受け入れられており、彼女の功績はアインズも認めている。
 なので少なくとも表立って批判するような者は既にいない。
 元からオロチの下僕としてそれなりの待遇ではあったが、リ・エスティーゼ王国の一件で正式にナザリックの一員として認められたのだった。

 とはいえ、そこまで深くは考えていないクレマンティーヌは、純粋にお小遣いをもらった程度の感覚だったが。

「わーい、ありがとー! 大切に使うねっ」

「ああ、好きに使ってくれ」

 そう言って自然にオロチに甘えるクレマンティーヌだったが、そんな彼女を睨み付けている者がいることにはまるで気が付いていなかった。

「……ナーベラル殿、某の尻尾を握るにはやめて欲しいでござる」

「あら、ごめんなさい。無意識のうちに力が入っていたわ」

 そうして平常運転の一行は街中を誰にも気付かれずに進み、ドラゴンの意匠が施された門の前に到着した。
 他と比べてこの門だけ随分と凝った作りとなっており、オロチの目から見ても中々価値があるように感じられる。

(へぇ、結構センスがあるやつが作ったんだろうな。審美眼なんて高尚なもんは持ち合わせていないが、これが良い物だということは分かる。もちろんナザリックの装飾には遠く及ばんがな。防衛性はそこまで無いし)

 コンスケの妖術ならばこのまま気付かれずに門の中へ入り込めるが、無用な騒ぎの元でしかないので認識阻害の妖術を解除してもらう。
 すると間もなく、オロチたちの姿を門番の兵士が発見した。

「っ! もしや貴方がたは月華の皆様ですか!?」

「ああ、そうだ。事前に来ることは伝えているはずだが、中に入れてもらえるか?」

「もも、もちろんです! おいっ、早く門を開けろ!」

 そうして警備を担当していた兵士に取次ぎをしてもらい、城の中から慌てて出てきたメイドの女性に城内を案内される。
 そのメイドも同じく緊張しているらしく、視線があちこちを行ったり来たりしていて、あまり落ち着きがないように感じられた。

「こ、こちらにどうぞ! 中で陛下がお待ちです!」

「案内ご苦労さん。助かったよ」

「滅相もございません! オロチ様のお役に立てて光栄ですっ!」

 バッと勢いよく頭を下げ、逃げるように立ち去っていくメイド。

「さっきの兵士もえらくよそよそしかったが、俺たちって嫌われているのか? 総出で歓待しろなんて言わないが、もうちょっと歓迎してくれても良い気がするんだが……」

「あれは恐らく過度な緊張で頭が混乱しているのでしょう。まったく、メイドにあるまじき失態ですね。あの者はいずれ私が教育致します。オロチ様がお望みとあれば、今すぐにでもここの者たちに宴の準備をさせますが?」

「いや、そこまではしなくても良い。気にするな」

 ナーベラルに目を付けられた先ほどのメイドを心の中で憐れみつつ、オロチは大きな扉に手をかけて押し開いた。

 ナザリックのように豪華絢爛な玉座……という訳ではないが、それでも中々にセンスの良い玉座に少女がちょこんと座していた。
 彼女こそが竜王国の王である。
 見た目こそ年端もいかぬ幼子見えるが、実年齢は『――』である。

「わざわざお越し頂き感謝する。国を救った英雄、オロチ殿。私がこの竜王国の女王であるドラウディロン・オーリウクルスだ。……貴方と顔を合わせるのはあの時以来だな。こうして再会できたこと、心より嬉しく思うぞ」

「そういえば、前に俺が忍び込んだ部屋もここだったな。 元気にしてたか?」

「もちろん……と言いたいところだが、花嫁修行と称して横にいる配下の男に色々と叩き込まれてしまったよ」

 ドラウディロンの傍らには、30代くらいの文官らしき男が侍っている。
 恨みがましい視線をドラウディロンから向けられても、まるで動じた様子もなく涼しい顔をしていた。
 流石に自分の主君を餌にする男は胆力が違うらしい。

「私は常に竜王国に仕える僕ですので」

「あんたは?」

「新しき王よ、私はこの国の宰相を務めております。ただ、竜王国においてこの地位に就く者は名前を持つことが許されておりませんので、私のことは宰相とお呼びください」

「ふーん、そうか。そりゃ凄いな。でも、それなら俺がいきなり王様になるなんて良い気分じゃないだろう?」

「そんなことはございません。オロチ様のご活躍は世界中に轟く勢いですから。そんなお方が王となれば、竜王国はさらなる発展を遂げられるでしょう」

 内心まで推し量ることはできないが、ひとまずはオロチを王として見ているらしい。
 彼がどのような人物なのか知る為、オロチはひとつ質問をすることにした。

「じゃあもし俺が暴君となればどうだ?」

「その時は排除します」

「貴様っ!」

「やめろナーベラル」

 あっさりと排除すると口にした宰相に、当然ナーベラルは飛び掛かろうとした。
 オロチに止められた今も、視線だけで射殺さんばかりに睨みつけている。
 だが、オロチは微塵も怒ってなどいない。
 むしろ自分に対してそこまでの口が利けることを評価しているくらいだった。
 恐怖で僅かに手が震えていたとしても、だ。

「すまんな。普段は冷静なんだが、たまに抑えられなくなるんだ。許してやってくれ」

「いえ、私も失礼なことを言っている自覚はあるので構いません。この処罰は如何様にでもお受けいたします」

「そんな事はしない。宰相殿は竜王国の為に働いていれば良いさ。それが俺にとっても一番良いからな。――それでドラウディロン。お前は俺と結婚することになるんだが、それは納得しているか?」

「う、うむ。私もオロチ殿が相手であれば嬉しい。これからよろしくお願いする、旦那様」

 突然話を振られたドラウディロンは一瞬だけ慌てたが、すぐに宰相から言われていた通りの言葉を返した。

「ああ、よろしくな。ロリ王女」

「ロリ!? わ、私のこの姿は仮初めで、本当はもっと――」

「わかったわかった。でもこれから大人の話をそっちの男とするから、お前はちょっと向こうに行ってな。コンスケとハムスケ、ちょっと遊び相手になってやってくれ」

「きゅいっ」

「承知したでござる」

「何もわかってないじゃないかあぁぁああ!」

 ドラウディロンはそう叫びながら断固として抗議しようとしたが、ハムスケに抱えられて連行されていった。
 悲しいかな。
 ジタバタ暴れたところでなぜか動物と戯れているようにしか見えず、すれ違ったメイドから微笑まれる始末だ。

 オロチもそんなドラウディロンを笑顔で見送り、そしてその姿が完全に見えなくなると……表情が一変した。

「さて宰相殿、俺たちは大人の話し合いをするとしよう」

 微笑ましい光景の一方で、オロチは今までの温厚そうな表情から、どこか冷たさを感じさせる表情へガラリと変化する。
 それは戦闘時にオロチが見せる顔とよく似ていた。

 

   

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