鬼神と死の支配者136

 竜王国の王となったオロチだったが、だからといって彼の仕事が劇的に増えている……ということもなかった。
 王として行った仕事といえば、国民たちへのお披露目として派手なパレードに参加したくらいで、他には宰相が持ってきた書類にサインする程度である。
 そして、今はそれすらも王妃であるドラウディロンに丸投げしている状態だ。

「よーしっ、ちゃちゃっとやってしまおう。よろしく頼むぞ、お前たち」

「へいっ、俺たちの持てる技術を全て使って、陛下の思い描いている都市を完成させてみせまさぁ」

「うんうん、元気があって大変よろしい。その調子でどんどん働いてくれ」

 ではオロチが一体なにをしているのかと言うと、なんと娯楽施設が集まった商業都市を建設中だった。
 はっきり言って権力を行使した趣味全開の政策である。

(面倒なことは宰相やドラウディロンに任せて、俺は好きなことに没頭する。……うん、控えめに言って最高だな。王様ってのも悪かない)

 この場所は少し前までビーストマンが住み着いていた廃墟だ。
 そこでオロチは嬉々として陣頭指揮を取っていた。
 荒れ放題だったこの地も、事前にナザリックの配下を使っていたことでスムーズな工事が行われている。

「おっとそこのスケルトンたち、その石材は全部向こうにいる男のとこまで運んでくれ」

 ――コクン。

 この都市建設計画の中ではアンデットの運用試験も兼ねており、至る所で角材や石材を運んでいるスケルトンの姿が見受けられる。
 この光景を見れば誰もが奇妙に思うだろう。
 死者であるスケルトンと生きている人間が協力して建築作業を行なっているなど、俄かには信じられない光景だ。

 本来のスケルトンは会話どころか意思の疎通すらできないが、オロチが用意したスケルトンたちは少なくとも人の言葉を理解している。
 言葉を発することは出来なくとも、言葉を理解して頷く程度のことであれば問題なく行えているのだ。
 初めは怯えていた職人たちも、今ではすっかりスケルトンの存在に慣れてしまっていた。

(概ねスケルトンの実用試験は成功かね? 職人たちの肝が据わっているってのもあるだろうが、初期段階にしては大成功だ。これなら本格的に運用しても大丈夫そうだな)

 一般市民にとってアンデットとは恐怖の対象だが、襲ってこないどころか共同作業していれば慣れるもの。
 試験的に導入した労働力だったが、文句ひとつ言うことなく重労働をこなすスケルトン軍団は好意的に受け止められている。

「オロチ様、あちらの方は何を建設する予定で?」

「そっちの区画はカジノをメインにした賭博エリアを建設する予定だ。闘技場なんて作っても良いかもしれないな。まぁとりあえず、今は基礎工事だけで大丈夫だ。親方、任せたぞ?」

「へい、わかりやした」

 そうして工事の指揮を執っていると、ナーベラルが宰相を連れてきた。

「お疲れ様です、陛下」

「おう、宰相。こんな遠くまでよく来たな」

「ナーベラル殿に頼んで転移してきましたから、またすぐに王都に戻りますよ。仕事がまだまだ山積みですから」

 少しだけ罪悪感があったので、オロチは最後の言葉は聞かなかった事にした。

「それで? ここには何しに来たんだ?」

「労働に従事するスケルトンを、この目で確かめておこうと思いまして。このスケルトンたちは不眠不休で働き続けられるそうですが、メンテナンスなどは必要ありますか?」

「メンテナンスは必要ない。だが、寿命はある。これを作成した人によると、恐らく一年ほど使い続けると完全に活動を停止するという話だった。そうなればただの死体だ。もう一度回収して、特別な魔法を掛けなければならないらしい」

「なるほど、それは素晴らしい。では数はどの程度ご用意できますか?」

「そうだなぁ……たぶん一日に最大で100体ってところかな。でも、どのくらい流入させるかはお前に任せる。慎重に考えてくれ?」

 スケルトンには食事がいらない。
 さらに休憩はおろか寝る必要もなく、維持費が全く掛からない最高の労働力だ。
 そんな存在を国内にいきなり大量流入させてしまえば、職を奪われてしまう者たちが多く出てきてしまうことが予想される。
 効率が良いからと言って、無闇矢鱈に導入してもいい訳ではない。

「ええ、わかりました。確認なんですけど、スケルトンたちが人間に襲いかかるなんてことありませんよね?」

「それは無いと断言できる。ま、言葉だけだと信用しきれないだろうから、この都市建設の中で安全性を見極めてくれ」

「御意」

 宰相は自分の目で様子を見て回るようだ。
 部屋にこもりっきりで仕事をするイメージを抱いていたオロチは、その姿を見て評価を改めた。
 そこでふと、オロチはこの場にはいない妻となった子供のことを思い出す。

「あ、そうだ。ドラウディロンの様子はどうだ?」

「王妃様は陛下に押し付けられた事務作業を黙々とこなしておいでです。きっと陛下に捨てられたことをさぞ嘆いておられるでしょう」

 予想外の返答が宰相から返ってきた。
 仕事を押し付けたのは間違いないが、捨てたなどと人聞きの悪いことまで言われるのは些か行き過ぎだろう。

「捨てたつもりは無いんだが……?」

「その割には手を出されていないご様子。それでは早々に捨てられたとお考えになられても仕方ないかと」

「いや、それはあいつが子供の姿になっているからだろうに。流石にあんな子供に欲情しない。いくらなんでも幼すぎだ。それこそ、あの姿のドラウディロンに欲情する奴は変態くらいだろうが」

 以前に一度だけ、偶然にもドラウディロンの大人バージョンを見たことがあるオロチだったが、その姿ならばともかく幼女の姿をしている女に手を出すつもりはなかった。

「ふむ、なるほど。……陛下の好みはまともみたいですね」

「ん、どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。ですが王妃様もオロチ様との時間を楽しみにされておられます。

「あー、そうだな。了解だ」

 宰相の態度をどこか不審に思いつつも、言っていることは間違いではないので了承し、オロチは職人たちの指揮へと戻っていく。
 そして、宰相の『幼女は逆効果でしたか。ならば……』という呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 

   

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