鬼神と死の支配者137

 クレマンティーヌことタマは、急ピッチで都市を開発をしているオロチとは別で動いている。
 そんな彼女は、ナザリックから派遣されている護衛兼補佐役のシズ・デルタと共に、顔を隠しながら王都のとある酒場へと向かっていた。
 彼女たちには裏から竜王国の支配を手助けするという役割がある。
 その役割を果たすために、早速行動を開始しているのだ。

「……これからの予定は?」

 そうして二人が並んで歩いていると、シズの方がクレマンティーヌに話しかけてきた。
 かなり口数が少ないシズの方から話しかけてきたことに驚きつつ、その質問に答えるためにクレマンティーヌも口を開く。

「とりあえず、ご主人様が教えてくれた情報屋のところに行くつもりー。この先私たちがどう動くのかも、まずは情報を集めないと考えられないからねー」

「……そう」

「うん、だからその後はシズちゃんにも色々と働いてもらうからよろしくー」

「……わかった」

「ああ、それからご主人様にはあまり騒ぎを大きくするなって言われているから、シズちゃんもそれを踏まえて行動してね?」

「……うん」

「…………よろしくー」

 気まずい、それがクレマンティーヌの率直な感想だった。
 もちろん生命の危険を常に感じてしまうであろうシャルティアと一緒にいるよりは全然マシではあるのだが、それにしても会話が続かなすぎて沈黙が精神的に辛い。
 これならばいっそのこと、一人の方が気楽で良いとさえ思う。
 普段のおちゃらけた態度もすっかりとなりを潜め、この沈黙を切り崩す為にはどうするべきなのかと考えていた。

 すると意外にも、その沈黙を崩したのはシズの方だった。

「……貴女はオロチ様に気に入られてる。人間にしてはすごい」

「え、あぁ、ありがとう?」

 突然褒められて面食らった様子のクレマンティーヌ。
 まさか今までの流れで自分が褒められるとは思っていなかった分、何とか会話を繋げようとしていたことも相まって驚いていた。
 あまり思考は読み取れないが、それでも黙っていられるよりはいい。

「だから貴女の行動を観察させてもらう。オロチ様に気に入られるその秘訣、絶対に暴いてみせる」

「は、はぁ……別にいいけど」

 オロチは確実にシズたちの方を大切に思っている、そうクレマンティーヌは直感的に考えたが、彼女がそれを口に出すことはなかった。
 人間らしい嫉妬だ。
 今までオロチに尽くしてきたクレマンティーヌなら、それくらいは許されるだろう。

(ナザリックにいる人たちって少しズレているっていうか、ちょっとポンコツ気味な人が多いよねー。ご主人様はナザリックの彼女たちのことをすっごく大切に思ってる。そんなことすぐわかるんだから、思いっきり甘えちゃえば良いのに)

 ナーベラルもそうだったが、変なところに力を入れようとする彼女たちは、クレマンティーヌからすればどこか抜けているよう見える。
 もっとも、だからこそ自分が入り込む隙があるので文句はないのだが。

 そして、そうこうしているうちに目的の酒場が見えてきた。

「あ、もう着いたよ。ご主人様が言っていた情報屋はあそこにいるみたい。それじゃ、交渉は私に任せてシズちゃんは大人しく見守ってて?」

「わかった」

 微妙に噛み合っていない二人のコンビは、フードを深く被り直し、薄暗い酒場へと入っていった。

 

 ◆◆◆

 

 夜、人間たちがテントですっかり寝静まっている頃、そのはるか地下では魑魅魍魎の異形たちが人間とは比較にならない速度で建築を進めていた。
 そこで指揮を執っているのは、この場で唯一人型のナーベラル・ガンマ。

「地上の人間ごときに後れは取れないわ。これはあなた達の力を、オロチ様に示す良い機会よ。死ぬ気で働きなさい」

 そしてそんな彼女に近づく影が一つあった。

「そっちの進捗状況はどうだ?」

「こちらは予定通りの速度で工事は終わりそうです。しかし、地上の工事は予想よりも少しだけ遅れています。やはり人間とスケルトンだけでは、今後の作業も限界があるかと」

「そうだな。地下の方が完成しても、地上の部分が未完成だと全然意味がない。だが、近いうちに人員をもっと導入する予定だ。今よりも作業の効率は上がるだろう。まだテコ入れする段階ではない。しばらくは様子を見る」

「かしこまりました。では、地下の方は引き続き私にお任せください」

「ああ、任せる。この調子で頼んだ」

 彼はこの場所に、第二のナザリックを設立しようとしていた。
 もちろん今のナザリックには遠く及ばないだろうが、予定では活動の拠点としては十分すぎるほどの規模のものが建造されることになっている。
 地上部分では人間相手の娯楽施設を運営し、地下ではナザリックの利益となる工場や軍事的な施設、それから表には出せないような施設を建設するのだ。

 当初の予定には無かったことだが、アインズから大規模な基地を建設できないかという無心を受け、自らの計画に変更を加えたのだった。
 ただ変更と言っても、元々地下にはいくつか施設を建てる予定だったのでそれほど問題ではない。
 どちらかと言えば、いま問題になっているのは地上の方である。

(にしても、ここは地上の建築スピードとは段違いだな。上はまだまだ終わりそうにないってのに、こっちはもうだいぶ進んでる。……人間に元気になる薬でも飲ませてみるか?)

 かなりサイコパス的なことを考えていたオロチだったが、そんなことをしてもあまり意味はないとすぐに思い直した。
 本当に致命的な遅れが生じれば、地下にいる配下を地上に上げればそれで済むからだ。
 今はまだ、時間の経過を待つべきだろう。

「オロチ様、この場所はとても愉快な土地になりそうですね」

「ああ、完成が待ち遠しい。カジノ、闘技場、ホテル、飲食店、遊園地なんてものもアリかもしれない。ははは、色々と想像が膨らんでいくなぁ。夢と希望、それから狂気と欲望が入り混じった最高の場所を俺が作り上げてやろう」

「すべては御心のままに」

 

   

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