ドラウディロンと熱い(?)夜を過ごしたオロチは、その翌日、城内で偶然遭遇した宰相と昼食を共にしていた。
自分の手元にはシェフが用意した豪華な肉料理が、そして宰相の元には――。
「……パンケーキって、ずいぶん意外なもんを食ってるんだな。栄養が取れればそれで良い、みたいな飯しか食べてないと思ってた」
彼の手元にあるのは小洒落たパンケーキ。
そのパンケーキと宰相の仏頂面に視線を何度も行き来させるが、どうしてもミスマッチ感が拭えなかった。
ここまでスイーツが似合わない男も珍しい。
ただ、そんなイメージを持たれていたことに対して、宰相は何とも思っていない様子だった。
「これはただのパンケーキではなく、中身は陛下が仰ったような栄養素が詰まった薬膳です。味は最悪。パンケーキの見た目はシェフの抵抗ですよ。これほど不味い物を出さなければならないのなら、せめて見た目だけは美味しそうに見せようという。ちなみに、私の食事は基本的に三食これです」
「訂正。お前にピッタリの食いもんだったわ」
見た目は完全にパンケーキ。
上にバターとシロップが掛かった、誰が見ても女性が好きそうなスイーツだ。
しかし、それは完全なまやかしだったらしい。
スイーツというよりも味が悪い栄養バーみたいな物のようで、少しだけ興味が湧いた。
「一口食ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「それじゃ、いただきまーす。お、なんだ。最悪って割には別に食え……っ!?」
パンケーキのようなナニカを口に入れて何度か咀嚼すると、全身がその異物を拒絶するかのように激しく警鐘を鳴らした。
胃の中の物が逆流して吐き出しそうになり、咄嗟に口を押さえるオロチ。
不味い。
それもただ不味いだけではなく、自分の中の大事な何かを削り取られている気さえするレベルの劇薬だった。
とてもじゃないがパンケーキみたく可愛らしいものではない。
毒などの状態異常は効かないオロチだったが、不味さだけはどうすることも出来なかったようで、吐き出すことも出来ずその場で悶絶する。
「どうやらお口に合わなかったようですね。もっとも、別に私の口にも合っている訳ではありませんが」
「これは合う合わないって問題じゃないぞ……。一体何を混ぜたらこんな代物が出来上がるんだよ」
「一応、竜王国に伝わる伝統料理だった筈です。もしもレシピが気になるのであればお渡ししますが?」
「こんな危険物のレシピなんて要らんわ」
でしょうね、と言って宰相は食事を続ける。
涼しい顔でパクパクと口に放り込んでいく彼を、オロチはまるでバケモノ見るような視線で見ていた。
「初めて会った時から思っていたが、お前は本当に人間か? 竜王国にしがみ付く亡霊だと言われても、俺は驚かないぞ?」
「その言葉、そっくりそのまま陛下にお返ししますよ。私も陛下が魔王だと言われても驚きません」
「はっ、それは俺を侮り過ぎだ。魔王程度ならワンパンで沈めれる」
「……流石にそれは冗談ですよね?」
「どうだろうな。実際にこの国に魔王が現れたら、その答えがわかるかもしれん」
意味深に笑うオロチと、その真偽を判断しようとする宰相。
しかしどこまで行っても答えは見えて来なかったらしく、宰相は軽くため息を吐いて薬膳パンケーキを口に運ぶ。
「陛下の秘密主義は今に始まったことでもありませんし、追求するには別の機会にしておきます。それよりも、あの街の名前は何にするのですか? もう決まっているのでしたら、是非早めに教えて頂きたいですね。色々と手続きがあるので」
「街の名前か。いくつか候補は考えてるんだが、『ヘルヘイム』ってのはどうだ?」
「ヘルヘイム……。聞き慣れない言葉ですけど、確かに語呂は良いですね。それには一体どういう意味が?」
「昔、俺が住んでいた場所がそう呼ばれていた。今はもうないけど、俺にとっては楽園みたいなところだったんだ。娯楽都市にはピッタリな名前だと思う」
「ふむ、なるほど。いいと思いますよ。娯楽都市『ヘルヘイム』。ではその名前で周知させておきます」
「頼んだ」
こうして現在進行形で建設中の娯楽都市には、『ヘルヘイム』という名称が付けられた。
ただ、宰相は知る由も無いだろう。
『ヘルヘイム』という名は、かつてユグドラシルで異業種たちが暮らしていたワールドの名前だということを。
異業種に有利な効果が得られる大地であり、人間が生存できるような環境ではない世界。
その反面、異業種にとっては確かに居心地の良い楽園だった。
そんな名前がつけられた街は、きっと人間にとってではなくオロチたち異業種の楽園となる可能性が非常に高い。
(ま、竜王国を無下にするつもりは無いがな。少なくとも今のところは)
以前宰相に言った通り、オロチは本気でこの国を豊かにするつもりでいる。
もしも竜王国が他国からの侵略を受けることになれば、それこそ全力で防衛にあたり、この国を守ろうとするだろう。
この国の人間たちが、ナザリックという存在を脅威と捉えない限りは――。
「それと一つだけ、陛下のお耳に入れておきたことがあります」
「ん、なんだ?」
「バハルス帝国に何やらきな臭い動きが見られます」
「――ほぅ。詳しく聞こう」
話の内容によっては、皇帝であるジルクニフと再び『オハナシ』をする必要があるかもしれない。
彼の傍には逐一情報を横流ししてくれるレイナースという存在がいるが、それでもあの男ならばその監視をかい潜って動くことも出来るはずだ。
もしもそうなら……少し痛い目に合ってもらうことになる。
愉快そうに嗤うオロチに、今度は宰相がドン引きしたのだった。