鬼神と死の支配者141

 バハルス帝国辺境の都市――ブリストン。
 竜王国との国境に位置するその都市は、帝国内でも上位に位置するほど大規模な街で、広大な農耕地帯が広がる農業が盛んな都市だ。

 道もしっかりと整備されており、大通りには結構な数の人で溢れかえっている。
 民衆の暮らしぶりを見る限りでは、オロチの活動によって好景気を迎えている竜王国の王都と良い勝負かもしれない。
 そしてそんな街に、オロチはドラウディロンと共にやって来ていた。

「見てくれ旦那様、あそこの店主にこんなにオマケをしてもらったぞっ」

 そう言ってニコニコと笑いかけてくる美女――ドラウディロン・オーリウクルス。
 その姿を見たオロチの表情も思わず柔らかいものになった。
 彼女の両手には果物類が山ほど抱えられており、今にもこぼれ落ちそうなくらい袋に詰め込まれている。
 オマケというには多すぎる気もするが、きっと店の店主が色々とサービスしてくれたのだろう。

「そら、とりあえずこの袋に入れてろ」

「ああ、ありがとう……って、それは魔法鞄じゃないか! そんな貴重な代物を買い物くらいでは使えないぞ!?」

 魔法鞄とは見た目以上に収納できるマジックアイテムであり、かなり貴重な代物だった。
 竜王国もいくつか所有しているが、半ば国宝扱いで、とてもじゃないが気軽に使用できるアイテムではない。
 それを普通の袋を渡すような気軽さで渡されても、いまの彼女のように困惑するのが普通である。

「他にもいくつか持ってるし、気にするな。何ならそれはお前にやるよ。気軽に使えるやつがあれば便利だろう。それに、プレゼントなんだから大人しく受け取ってくれ。それとも俺からの贈り物は気に入らないか?」

「その言い方はズルい……。だがそういうことなら、有り難く使わせてもらうとしよう。……ありがとう、大切にする」

 ギュッと抱きしめるように魔法鞄を両手で包み込んだ。
 妙に仕草が可愛らしい。
 見た目が美女というギャップも相まって、少しだけオロチの心が揺れそうになった。
 それを彼女に悟らせまいと、意識を別のところへ持っていく。

「喜んでもらえたなら何よりだ。おっ、向こうの広場でも市が開かれてるみたいだぞ」

「なに!? それは絶対に見逃せないな!」

 ドラウディロンはオロチの手を掴み、人混みが多い雑多な場所へと突入していく。
 オロチもこういった場所は嫌いではないので、決して悪い気分ではなかった。
 そうしてドラウディロンが気の済むまで買い物に付き合い、思う存分楽しんだ後に休憩としてベンチに座っていると、ふと彼女が自分をジッと見ていることに気が付いた。

「どうした?」

「――急に幸せなことが起き続けているときは、誰かの思惑が絡んでないかと疑え」

「ん?」

「昔宰相に言われた言葉だ。いまのこの状況は正しくその通りなのではないかと思ってな。……私に何か隠してないか?」

 ドラウディロンのまっすぐな瞳で射抜かれる。
 まるで全てを悟られているような恐ろしい視線に曝され、ポーカーフェイスを貫きながらもオロチは少しだけヒヤリとした。

 まさか自分の正体が気取られた?
 いま水面下で進行している計画が露呈した?
 ナザリックの存在に気付かれた?
 考え始めれば切りが無いが、どれも最悪の結果に繋がりかねない失敗だ。

 彼女の意図を探るために、あくまでも平静を装って言葉を紡ぎ出す。

「そうだなぁ。俺はいくつか隠し事があるが、強いて言うなら――この街の名前くらいだな」

「は、名前? そういえばこの街は一体どこだ? 竜王国の街並みにしてはあまり見覚えがないが……」

「 この街はバハルス帝国のブリストンって街だ。竜王国のすぐお隣さんで、仮想敵国ってやつだな」

「……はい?」

「つまり、いま俺たちは敵の懐に飛び込んでいる状態だ。あ、もしも俺たちの正体がバレれば大騒ぎになるから注意しろよ? 最悪、その場で襲われるかもしれないから」

「――!?!?」

 声にならない悲鳴とはこのこと。
 ついさっきまで遊びまわっていた場所が敵地であるなど、一体誰が予想できようか。
 そしてある程度自分の頭の中で整理を付けると、オロチに掴みかかる勢いで……というか実際に掴みかかりながらドラウディロンは言葉を荒げた。

「なんでそんな重要なことをいま言うんだ! 私はそれも知らずにはしゃぎ回ってしまったぞ!? 既に手遅れじゃないのか!?」

「おい、さっそく目立ってるぞ」

 ハッと我に返ったように周りの様子を伺うドラウディロン。
 周囲の人間たちが皆一様にこちらを見ている。
 幸運だったのはドラウディロンがオロチに詰め寄っている姿を、見ている人人たちからは痴話喧嘩をしているくらいにしか思われていないことだろう。

 いまも遠巻きに見守られているといった感じでしっかりと目立ってはいるが、これならば誰も他国の王だとは思われない。
 精々が貴族のお忍びデートだと思われるくらい筈だ。

「うぅ……私は一体どうすれば」

「まぁ、そう気負うこともないさ。今日は何もしなくていいから、ドラウディロンは好きなだけ羽を伸ばして休んでくれ。明日からまたしっかり働いてもらわないといけないし」

「この状況で楽しめるものか……」

「だから秘密にしておいたんだよ。ま、こうなったら仕方ない。気にせずデートを楽しもうぜ?」

「で、デートか……うむっ、その通りだな!」

 半ば自棄になったのか、ドラウディロンは再び元気を取り戻した。
 そして、それと同時にオロチも密かにホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

   

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