一周回って吹っ切れた様子のドラウディロンは、自分がいる場所が敵地だということを頭の隅へと追いやり、それを気にする事なくすっかり街の散策を楽しんでいた。
オロチとしてもその方が気が楽なので地味に助かっている。
そして今、二人は住民たちの間で評判の良かった庶民的なレストランで食事中だ。
「それにしても、見た目に似合わずよく食うな。俺と同じかそれ以上に食ってないか?」
「……女性に向かって失礼な。私は食べること以外に趣味がないんだ。これくらいは寛大な心で許して欲しい。それとも、よく食う女は嫌いだったりするか?」
「いや、そんな事はないから好きなだけ食えば良いさ。むしろ隣で我慢される方が嫌だな、俺は」
隣で物欲しそうにされるほど鬱陶しいこともない。
我慢するくらいなら食べてしまえとも思う。
もちろん、もし仮にそれで太ってしまっても自分の自己責任で、オロチは何の責任も取らないだろうが。
そんなオロチの考えを聞いたドラウディロンは笑みを浮かべて数回頷いた。
「そうかそうか。理解ある旦那様で私は嬉しいぞ。ただ安心してくれ。どれだけ食事を取ろうが、私の体型は一時的に腹が膨れるだけですぐに元に戻る。おかげで体型を維持するのが非常に楽なんだ。はっはっは!」
世の女性たちを敵に回しそうな発言だが、案の定二人の会話が聞こえていた近くのテーブルにいる御婦人から、殺気のこもった視線を飛ばされている。
そんな視線が向けられていると知ってか知らずか、ドラウディロンはマイペースに食事を続けていた。
大物なのか抜けているのか、鋭いのか鈍いのか、本当によくわからない女である。
(ん? 入り口の所に妙な人集りが出来ているな)
そうしてハイペースで食事をしていると、ふとオロチが異変を察知した。
レストランの入り口周辺に鎧を着込んだ武装集団が集まっている。
さらに、その中で一番偉そうな男がレストランの店主と話しているのが見えた。
「悪い、デートは少し中断だ。どうやら街中ではしゃぎ過ぎたみたいで、ぞろぞろと団体客がコッチに向かって来ている。思ったよりも早かったな」
「……兵士か?」
「たぶん。装備が綺麗に統一されているし、序列がはっきりとしているのが見てわかる。十中八九この街の正規兵だろう」
個々の強さはオロチから見ると残念としか言いようがないレベルだが、それなりに統制は取れているように感じられた。
すると、オロチのそんな視線に気付いたのか、リーダー格の男を先頭にしてこちらに接近してくる。
十人ほどの集団が迫ってくるという光景に、荒事には不慣れなドラウディロンは少し怯んでいた。
「だ、旦那様。私はどうすれば良い? 言っておくが、私は人並みの力くらいしかないから戦闘ではあまり役には立たないぞ?」
「はっ、誰に言ってんだ。お前は何もしないで良い。もしも戦闘になっても、俺がいる限りは何も問題ないからな。そのまま飯でも食ってろよ」
「こんな状況で食事を続けられる訳ないだろう……」
そう言いつつも、彼女はこの状況にオロチがまるで動じていない姿に安堵した。
そして思い出したのだ。
彼が巷で英雄の中の英雄と呼ばれるだけの強さを持っていることを。
オロチの傍にいれば何も心配いらないと、そう考えると自然に心が落ち着いていった。。
「失礼、オロチ様でお間違いありませんか?」
「ああ、確かに俺の名前はオロチだ。だが、まずは自分から名乗るのが礼儀だろ。せっかくのデートが台無しにされて、あまり良い気分じゃないんだ」
「……それは申し訳ありません。私はこの街の領主であるロールソン伯爵の部下です。閣下が貴方様と是非直接お話がしたいと仰っています。ご同行して頂けませんか?」
ピクリ、と不愉快気に眉を反応させたが、流石にこの場で言い争うつもりは無いようだ。
「ロールソン伯爵、か。いいぞ。これを食ったら付いて行ってやるから、外で待ってな」
「感謝します」
僅かに苛立った様子を見せたが、兵士たちは大人しく外へと出て行った。
「い、いいのか? さっきの男、すごく怒っていたみたいだぞ?」
「構わないさ。それよりもどうする? 面白いことは一つも無いだろうが、お前も一緒に付いてくるか?」
「迷惑にならないのなら一緒に行きたいが……」
「それなら問題ない。俺はビーストマンを滅ぼした男だぞ? たとえ罠だったとしても、お前一人くらいなら何とでもなる」
「ふふっ、そうだな。ならばお供させてもらう。私の命、旦那様に預けた」
「あいよ」
皿に残った最後の一口を口の中に放り込み、オロチとドラウディロンは席を立った。
◆◆◆
目の前には、でっぷりと腹が突き出ている豚の様な見た目の男。
彼こそがオロチに協力……もとい、脅迫状を出した張本人であるロールソン伯爵だ。
見た目に違わず、内面もチラチラとドラウディロンにいやらしい視線を向けており、生理的な嫌悪感を抱いてしまうような人物だった。
冒険者からの成り上がりであるオロチに対しても、どこか侮っているような感じで見下している。
ふざけた書状を送り付けてきたとあって決して良い感情は抱いていなかったが、今ではより一層悪感情が膨れあがっていた。
形だけの歓待を受けてはいるが、格下と思っているのが見え見えだ。
「書状に書いた通り、本国との戦をするので竜王国からも戦力を出して欲しい。オロチ殿の武勇は私の耳にも届いているからな。ジルクニフとの戦いでは獅子奮迅の活躍を期待しているぞ? なに、心配するな。褒美は何でも好きな物を用意する故、思う存分力を貸してくれ」
「何言ってんだ? 俺がいつ協力すると言った? 脅迫まがいな書状を送り付けておいて、そんな奴に手を貸すはずないだろう?」
すると、ロールソン伯爵はそれまで張り付けていた不気味な笑みを一変させ、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。
「竜王国という弱小国の分際で、私の命令に背くなど許さない! ジルクニフを討ったあとは必ずお前たちの国を滅ぼすぞ!?」
「ふむ……なるほど。それは困るな」
「ふんっ、ようやく分かったか。これだから冒険者などという下民は嫌いだ。荒事しか取り柄のない無法者は、最初から私の言う通りにしておればよいのだ」
「き、貴様。我が夫をこれ以上侮辱するのなら――」
今にも殴りかかる勢いで怒りを露わにするドラウディロンだったが、オロチに手で制されて止められた。
「ドラウディロン、目と耳を塞いでろ」
「しかしこの男は……!」
「いいから、目と耳を塞いでろ」
「むぅ……」
怒りが一向に収まらない様子で、いかにも不満そうではあったが、結局はオロチの言う通りに目を閉じて両手で耳に蓋をした。
それを確認したオロチはゆっくりと椅子から立ち上がり、目の前に座っているロールソン伯爵へと近づいていく。
「な、なんだ? もし私に手なんて上げてみろ。帝国中の戦力が竜王国を――」
「はいはい、さようなら」
何か言葉を発しようとしていた伯爵だったが、オロチが高速で刀を振るうと、『シュパッ』という効果音が聞こえてきそうなくらい鮮やかに首を飛ばされた。
殺すことに躊躇したような素振りは一切感じられない。
コロコロと床を転がっていたその生首を雑に拾い上げ、袋に包んでからアイテムストレージに収納する。
「ジルクニフへのお土産はこれで十分だろう。おっと、もう目を開けていいぞ……って、耳も塞いでいるから聞こえないか」
ドラウディロンの肩をトントンと叩き、もう大丈夫だと合図する。
「もう終わったのか?」
「ああ、ここにはもう用はない。だがデートはここまでだ。これから行くところができた」