――フードを身にまとった二人組の女が、竜王国に巣食う犯罪組織を次々と壊滅に追いやっている。
国内の民衆たちの間でそんな噂が流れ始めていた。
裏で違法な商品を取り扱ってる商人、犯罪行為を金で請け負う闇ギルド、果ては私利私欲のために民を虐げていた貴族など、既に多くの者がその二人組の手によって始末されている。
対象にされる者の共通点として、その全てが人の道を外れた外道だということだ。
そして現場には、被害者の血で描かれた『新たなる王に祝福を』という血文字。
そのことから犯人の二人組は、新たに王となったオロチの熱狂的な信者であるというのが大衆の認識だった。
その二人組のことは、畏怖を込めて『血濡れの狂信者』と呼ばれている。
ただ、世間での彼女たちの評判は思いのほか悪くはない。
むしろ法で裁くことが出来ない悪人たちを断罪しているので、殺人犯と言えどもかなり好意的に受け止められていた。
殺されているのが悪人やそれを守る傭兵だけで、ただの一般人は一切手出しされていないというのも人気の理由だろう。
無論、悪人たちからはひどく恐れられており、二人の首に莫大な金額の懸賞金が掛けられているほどだったが。
そしてまた一人、夜の闇に乗じて葬りさられようとしている男がいた。
「ま、待ってくれ! ワシの話を少しだけ聞いてくれ! 頼むっ、この通りだ!」
初老に差し掛かっているであろう年齢のその男は、フードを深く被ったその二人組に対して、必死の形相で頭を下げている。
派手で豪華な衣服をくちゃくちゃにし、無様にも頭を床に擦り付けているが、今の彼にはそんな些細なことを気にする余裕はなかった。
「おじさん、今までずいぶんと派手にやってたみたいだねー? 殺人、暴行、誘拐、人身売買……読み上げるだけでお日様が登りそうだよ。よっておじさんは死刑。これまで楽しい思いをしてきたんだから、もういいでしょー?」
「頼む、どうか見逃してくれ! これからは心を入れ替えて真面目に生きる。金目の物は全部君たちに渡すし、足りないなら数日中に必ず用意しよう。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「いやー、もうおじさんの死刑は決まってるから……」
「そこをなんとか頼む! 私には家族が、娘がいるんだ! 私が死ねばきっとあの子は生きてはいけない!」
男はなおも食い下がる。
自分の命が左右される局面だから当然だ。
この場でどんな恥を晒そうとも、たとえ自分の子供をだしにしても生き残ってみせる、そんな気概が感じられた。
ただ、その命乞いは彼女たち相手に効果があるとは言えない。
「ははは、だからさぁ……お前は死刑だって言ってんだろ!? ペチャクチャ余計なことを喋るんじゃねぇよ! ゴミはさっさと死ねぇええええ!!」
「――っ!?」
フードの女――クレマンティーヌは自らの武器であるエストックで男を串刺しにする。
悲鳴を上げる隙さえも与えることなく、何度も何度も身体に突き刺して惨殺した。
幸か不幸か、あまりに高速でエストックを突き刺された為、男はほとんど痛みを感じることなく死ねたと思われる。
「アハハ! ……って、あれ? なんだ、もう終わっちゃったんだ。つまんないなー。それじゃあ最後の仕上げをしないとねー」
そうして明らかにオーバーキルをしたクレマンティーヌは、鼻歌交じりに『新たなる王に祝福を』という血文字の作成に取り掛かった。
かなり大き目な筆を手に持ち、男の血を使って壁にデカデカと文字を描いていく。
あまりにも猟奇的すぎる光景だが、クレマンティーヌは終始笑顔で進めていた。
そんな彼女に、もう一人のフードの女が近付いていく。
「……こういうのって、まだ続けるの?」
「うーん、もう少し続けるかなー。使えそうな人たちの選別も済んだんだけど、もうちょっとこういう連中の始末をしておかないと、確実に後々面倒になってくるんだよねー。ほら、急がば回れって言うじゃない? これも必要なパフォーマンスだから、もうちょっとだけ手伝って」
「私の任務は貴女のサポート。命令には従うから心配しないで」
もう一人の女――シズのその言葉は突き放したような言い方だが、彼女は別にクレマンティーヌのやり方に不満がある訳ではない。
むしろ、自分には思いも寄らない発想で仕事をするクレマンティーヌに敬意を持っているくらいだ。
ナザリックに所属している者は一部を除き、残虐な性格をしている。
シズは特別そういったことはないが、それでもこの現場に居合わせていても不愉快とすら思わない。
単純に面倒なことをしているなという感覚だった。
「ありがとね。シズちゃんとっても強いから頼りになるよー」
一方でクレマンティーヌは、そんなシズの戦闘技術に感心させられてばかりであった。
現に彼女たちが今居る屋敷の中には護衛の為に用意されていた傭兵がそれなりの数待機していた。
基本的にはクレマンティーヌだけで事足りることがほとんどなのだが、稀に手練れの護衛を複数人雇っている者もいる。
そうなってくると、対象を逃がさない為に確実さを求めるならばシズの力が必要になってくるのだ。
「そういえば、そろそろご主人様が顔見せに来いって言ってるみたいだよー? 色々と報告したい事もあるし、明日はお休みにしよっか。シズちゃんも一緒に行くでしょ?」
「いく」
考えるまでもなく即答だった。
「あはは、正直だねー。それじゃあ今日は明日の分まで頑張って、一緒にご主人様に褒めてもらおっか。あと二つくらい回る予定だけど、いけるよね?」
「もちろん。なんならギリギリまで回っても構わない」
「それじゃあ眠れなくなっちゃうじゃん。寝不足で目元に隈が出来ているところは見せたくないし、せめてお風呂に入って身体を綺麗にしておきたいでしょ?」
「……なるほど。確かにそうね」
シズの種族は人間ではなく、オートマトンと呼ばれる機械人形なので疲労は感じない。
だが、それでもオロチに会うのであれば身体を清潔にしておきたかった。
オロチに汚い、臭いなどと思われてしまえば、大袈裟ではなくナザリックの女性陣は自害してしまうだろう。
もちろんシズも例外ではない。
その事実を気付かせてくれたクレマンティーヌに、彼女は感謝した。
「貴女にはこのシールをあげる」
「シール? うん、ありがとう?」
突然差し出された一円という文字が描かれたシールを、クレマンティーヌは戸惑いながらも受け取った。
シズは気に入った相手に友好の印として、この『一円シール』を渡すという習性がある。
これまで行動を共にしてきたことで、クレマンティーヌのことをずいぶん気に入ったらしい。
「よーし、できた。じゃあ次に行こっか」
「わかった」
クレマンティーヌとシズは、狂気を感じる血文字をその場に残し、再び夜の闇へと消えていった。