鬼神と死の支配者146

 バハルス帝国から戻ったオロチは、人知れず冷酷な笑みを浮かべていた。

「これでジルクニフも、ある程度は俺を信頼するようになるだろう。いやはや、アインズさんに貰ったこの酒、効き目バッチリだったな」

 ワインボトルを傾けながら、オロチは思惑通りの結果になったことをほくそ笑む。

 実はこの酒はただのワインではなく、アインズが用意したマジックアイテムである。
 名称は『友好の酒印』。
 ユグドラシルではとあるイベントでのみ有効なアイテムで、ほとんどのプレイヤーはそのイベントが終わると共に破棄したが、アインズは保持したままだったのだ。

「まさかコイツにあんな効果があるとはね……。そうだとわかっていれば、俺も大量に残しておいたんだけど」

 この『友好の酒印』の元々の効果は、イベント限定のNPCに渡すと友好度が上昇するという物だった。
 しかし現実となった今、イベント限定だったこのアイテムの効果は以前までのものとは変化している。
 その効果の内容は、ワインを飲み交わした相手への友好度を上げる、というものになっていたのだ。

 オロチもジルクニフ以上にこの酒を飲んでいるが、種族による特性でそういった効果は軒並み無効にされるので、彼にとってはただの高級なワインでしかない。
 結果として、ジルクニフだけが一方的にオロチに対する好感情が増幅することになったのである。

(これをナザリックで増産できれば、色々と交渉がやりやすくなるんだがな。まぁ、イベント用の特殊なアイテムだから難しいか。それに、俺みたいに耐性がある者には全く効果はないし)

 そう考えながらワインをアイテムストレージにしまうと、部屋のカーテンが風でサッと揺れ、それを見たオロチは今までの笑みと違い穏やかな表情へと変化した。

「――来たか。ご苦労だったな、二人とも」

「……ただいま戻りました、オロチ様」

「お久しぶりー、ご主人様」

 音も無く現れたその二人は、クレマンティーヌとシズのコンビだ。
 しばらく会っていなかった彼女たちの顔を見ると、自然とオロチの気持ちも軽くなっていく。
 そしてふと、二人の格好を見て気付くことがあった。

「ん? お前らずいぶんお洒落な格好をしているな。どうしたんだ?」

 竜王国で暗躍している時は、フード付きの外套を羽織っていたクレマンティーヌとシズだったが、いまは小綺麗なドレスに身を包んでいた。
 二人とも元の素材が良いので、オロチの目から見てもかなり映えて見える。
 特にシズは人形のような神秘ささえ感じられた。

「せっかくご主人様に会うからって、シズちゃんと話し合っておめかししようってことになったんだー。どう、似合ってる?」

「ああ、もちろん似合ってるさ。二人とも綺麗だぞ」

「わーい、ありがとー!」

「……良かったです」

 クレマンティーヌはオロチの腕に抱きつき、シズは控えめにオロチの傍にちょこんと居座る。

「お前らの活躍はナザリックの伝令からある程度聞いている。それで、何か必要な物はあるか? あればすぐにでも用意するが」

「今のところは大丈夫かなー。お金も事前にいっぱい貰ってるから、むしろ余ってるくらいだし。あ、でもシズちゃんがご主人様に会えなくて寂しいって言ってたよ!」

「……ちょっと、何を言っているの?」

 突然そんなことを言い出したクレマンティーヌに、シズは無表情のまま怒りのオーラを露わにした。

「ははっ、そうかそうか。可愛いやつめ」

「……ありがとう、ございます」

 しかし、すぐにその怒りも鎮火する。
 オロチの前で何を言い出すんだと射殺さんばかりに睨みつけていたシズは、そのオロチから褒められると頬を僅かに緩ませて笑みをこぼした。
 意外にも彼女はわかりやすい性格をしているようだ。

 そんなシズの頭を撫でながら、オロチは話を進める。

「お前たちのおかげで竜王国はずいぶん風通しが良くなっている。ただ、二人の口からも直接聞いておきたいから、とりあえず今までのことを報告してくれるか?」

「はいはーい! シズちゃんはトリップしているみたいだから、まずは私から報告しまーすっ!」

「頼んだ」

「ご主人様から言われていたゴミの整理は、だいたい八割くらい終わったかな。もちろん、使えそうな奴だけは生かしておいたよ。ちゃんとナザリックに送っておいたから、そのうち調教されて戻ってくると思う」

「流石だ。相変わらず仕事が早くて助かる」

 リ・エスティーゼ王国でも同じようなことをしていたクレマンティーヌだったが、この竜王国でも期待通りの働きをしてくれている。
 ナザリック内での貢献度で言えば、間違いなく上位に入っているだろう。

 ナザリックの配下たちも当然有能な者ばかりなのだが、どこか自分たちの力を過信している節がある。
 その点、クレマンティーヌは一度オロチに徹底的に打ちのめされているので、そういった油断はしないから安心だった。

「そういえば、噂で帝国と同盟関係を結ぶって話があるんだけど本当なの?」

「耳が早いな。ああ、その通りだぞ。向こうが裏切るまでは友好的な関係を築いていくつもりだ。帝国には有象無象の相手をしてもらう。一々俺が他国へ出張っていくのも面倒だし、同じ人間種の対処は今後ジルクニフに任せるさ」

 竜王国……いや、ナザリックの敵になりそうな国はバハルス帝国だけではない。
 一つ一つそれを潰していくのはいくら潤沢な戦力があるナザリックとはいえ、無傷で完勝できるとはいかないだろう。
 バハルス帝国を味方に付けておけば、四方八方すべてが敵ばかりという状況はまず無くなる。

(ジルクニフを気に入っているというのも、決して嘘じゃないしな。だから仲良くしていこうぜ、友達として)

 無論、彼が裏切れば即座に排除する――それは間違いなく事実であった。

 

   

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