例のごとく王としての職務をドラウディロンに押し付けたオロチは、現在進行形で工事が進められているヘルヘイムにまで足を運んでいた。
その足取りは軽い。
自分にとって……もしくはナザリックの者達にとって住み心地が良い場所を作ろうとしているのだから当然だ。
ナザリックが秘密裏に拠点としている地下部分は、既に大半の施設が完成し、すぐにでも拠点としての役割を果たせるまでとなっている。
だが、それとは別に竜王国の大工たちを動員している地上部分の工事は、未だに道路や整地などの基礎工事さえ終了していないというのが現状だった。
(とはいえ、思ったよりは進んでいるみたいだな。道路も綺麗に仕上がっているし、瓦礫も大方撤去が完了している。スケルトンとの共同作業が上手くいっているようで何よりだ)
周囲を見渡し、オロチは満足気な笑みを浮かべた。
そこら中にスケルトンが跋扈し、人間の指示に大人しく従っているという奇妙な光景が広がっているが、ここまでモンスターとの平和的な接触が行われている場所は無いだろう。
もしもスケルトンによる労働力の補充が無ければ、今よりもずっと工事は遅れていた筈だ。
試験的に導入したモンスターたちだったが、その結果は大成功だったと言える。
すると、周囲の様子を伺っていたオロチの元に、まるで山賊のような姿をした悪人面の男が近付いてきた。
凶悪な面構えの彼こそ、ここにいる大工たちを一手に取り仕切っている頭領である。
「数日ぶりだな親方。それで、工事はどのくらい進んだ? 見る限りではこの前よりもだいぶ進んでいるようだが」
「ええ、陛下に頼まれていた工程のおよそ八割ほどが完了しておりやす。……ですがよろしいんで? 道路は寸分違わず設計図通りですが、見ての通り建物については手付かずのままです。これじゃあ町とは呼べませんぜ?」
大工の頭領が言うように、今のヘルヘイムは整備された道路と撤去予定の廃墟、そして更地となった空き地だけだった。
とてもじゃないが街とは呼べない光景だ。
しかし、だからと言って建造物まで彼らに任せてしまっては、全ての工程が終わるまで途轍もない時間が必要になってしまう。
「問題ない。そっちは色々と当てがあってな。今やっているのが一通り終われば、親方たちには次に城門を造ってもらうつもりでいる。悪いがまだまだ働いてもらうぞ?」
「ガハハ! 陛下は気前がいいんで、そりゃ大歓迎でさぁ。それにようやく若い衆が役に立つようになってきたんで、今後はもう少し作業が捗ると思いやす。バンバンこき使ってくだせぇ」
「それは頼もしいな。頼りにしているぞ、親方」
正直な話、効率だけを考えれば、工事の全てをナザリックで請け負った方がはるかに作業が捗るだろう。
だが、今後の統治を考えると人間を使っておいた方が何かとメリットが多いのだ。
オロチは良き王として振る舞うつもりなので、言わばこれは点数稼ぎと言ってもいい。
そうしていくつか建設についての確認を頭領と行っていると、街の出入り口周辺にいた人間たちが慌ただしく動き回っているのが見えた。
明らかに問題が発生したとわかるほどの狼狽ぶりだ。
どうせ何かやらかしたのだろう、そう思った頭領は声を張り上げて怒声を飛ばした。
「なにしてんだテメェら! 陛下がおいでになってんだ。少しくらい行儀良くできねぇのか!?」
「お、親方ー! 大変です、外壁の外にドラゴンが現れやした!」
「なんだと!?」
ドラゴンが現れたと聞いた頭領は、怒りで赤く染まっていた顔を青くする。
この世界の人々にとって、ドラゴンに襲われるとはもはや死刑宣告にも等しいのだ。
多少の荒事に慣れている程度でしかない一般人では、今の頭領たちのように絶望感を抱いてしまうのも無理はない。
しかし、そんな感情を一切抱いていない者が一人だけいた。
「そのドラゴンの見た目はどんなだった?」
「え、えーっと、翼が無かったので恐らくガイアドラゴンかと思われやす」
(ふむ、ガイアドラゴンか。一応、人間たちに気付かれないように警備は置いてあるが、士気を高めるためにも俺が一掃するってのも悪くないな)
強い支配者は歓迎される。
特に竜王国は侵略により滅亡の危機に晒されていたので、統治する上で強さに関する武勇伝は多いに越したことはない。
現にオロチがここまでスムーズに王となれた一番の要因は、単純に桁違いの強さがあったからだ。
そこにガイアドラゴンを単騎で討ち取り、率先して民を守ったという実績を加えれば、よりオロチの名声は高まっていくだろう。
「よし、じゃあドラゴンについては俺に任せろ。お前たちは作業を続けるんだ。ドラゴンの一匹や二匹、俺がパパッと始末してくるから」
「陛下、それはいくらなんでも危険……ってのは陛下には言うだけ野暮ですね。わかりやした。おい、今すぐ手分けして陛下のお言葉を連中に伝えてこい!」
「へい!」
頭領に指示されたチンピラ風の男は、すぐに他の大工たちにこの事態を知らせに行った。
「親方、今日は運がいいな」
「へ?」
「晩飯は豪勢にドラゴン鍋が食えるぞ?」
◆◆◆
ガイアドラゴンとは、その名の通りドラゴンの一種である
ドラゴンには珍しい翼がないタイプであり、ユグドラシルのプレイヤーからは『モグラ』や『飛べないトカゲ』という蔑称で呼ばれていた。
(ただ、飛べないだけで戦闘力はちゃんとドラゴンなんだよな。むしろHPと防御力は他よりも高めで、単純な強さだけなら同レベル帯のドラゴンよりも上だし)
当然、ガイアドラゴンが弱いというわけではない。
飛べないというハンデを補うため、他のドラゴンよりもステータスに補正が掛けられているので、モンスターとしての格は決して低くなかった。
オロチ自身も初心者プレイヤーだった頃はボロ雑巾のように嬲られたものだ。
鋭い爪と牙、そして血走った瞳に家屋の如く巨大な体。
そんなモンスターがゆっくりとした歩みで、しかし着実にエサが密集しているヘルヘイムへと歩を進めている。
とてもじゃないが人間が単騎で挑むような存在だとは思えないモンスターだが、そんな巨体に散歩のような気軽さで接近する者がいた。
「グゥゥゥ……!」
「不機嫌そうな声を出しやがって。格の違いを教えてやるよ、モグラ君?」
「ガルルァァアアア!!」
モグラという言葉に反応したわけではないだろうが、ガイアドラゴンは怒り狂った様子で襲いかかってきた。