ガイアドラゴンの攻撃は大まかに分けると4種類ある。
大きな口での噛みつき、鋭い爪での薙ぎ払い、巨体に似合わない速さでの突進、そして――。
「グルァァァァアアア!!!」
「わぉ」
ドラゴンの代名詞とも言える強力なブレス攻撃だ。
咆哮と共に吐き出されるその熱線は、到底生物が防げるような代物ではなく、ありとあらゆる物を全て灰にするほどの威力がある。
オロチであっても、もしそれをまともに食らえばただでは済まない……ことは無いだろうが、痛いとは感じる程度のダメージを受けるだろう。
もっとも、それはあくまでも当たればの話だ。
「見た目の迫力は確かに凄いが、あいにくと俺はユグドラシルで山ほどドラゴンと戦ってきたんだ。この程度なら目を閉じていても躱せるぞ?」
大地を焦がしながら向かってくるブレス攻撃をあっさり回避するオロチ。
その動きに焦りなどはなく、むしろ余裕が感じられる。
第二波、第三波と続けて同様のブレス攻撃が放たれるが、そのどれもがオロチを倒すどころか掠りもしなかった。
「グルゥゥゥ……! ガァアアアア!!」
「おっと、危ない危ない。危うく喰われてしまうところだった。見た目の割に素早いじゃないか。あれか、動けるデブってやつか?」
ブレスが当たらないと判断したらしく、ガイアドラゴンは肉弾戦に切り替えて攻撃してくる。
先ほどまでのブレスよりは範囲も威力も下だが、それでも鋼のような肉体から繰り出される一撃は強力であることには違いない。
もしもこの光景を人間たちが見ていれば、いつオロチにそれが当たるのかと、かなり肝を冷やしたことだろう。
「どうせなら俺もスキルを使って倒すか。でも、あんまり派手なやつを使うと食える部分が無くなってしまうから、そこはちゃんと考えないとな。……あれでいくか」
攻撃に転じる素振りを一切見せなかったオロチが、ここに来てようやく腰の刀に手を伸ばした。
すると、野生の本能で何かを感じ取ったのか、オロチの何十倍もあるガイアドラゴンの巨体が数歩後ろに後ずさる。
「ガァァ……!?」
なぜ人間ごときに自分が下がっている? そんな疑問がガイアドラゴンの頭に浮かんでいた。
しかし、すぐにそれは憤怒へと変わる。
生物の頂点に存在するドラゴンにとって、人間とはただの食料であり、息をすれば吹き飛んでしまうような弱い存在だからだ。
そんな相手に一瞬でも怯んでしまった自分を恥じ、オロチを始末することでその汚点を拭おうと一歩踏み出した。
ドラゴンという種族は総じてプライドが高く、自身の力を過信する傾向にある。
今回も人の姿をしたオロチは格下だと無意識のうちに思い込んでいるのだった。
「所詮は知能の低い畜生だな。まぁ、人間にだってそういう奴は大勢いるんだけど」
さっさと終わらせよう。
オロチがそう思ってスキルを発動させようとすると、ここで両者が予期していなかった第三者が出現した。
「クルァァァァアアア!!!」
「は!? おいおい、なんで『ガルーダ』まで出てくるんだよ。お前はもっと山の奥地にいるはずだろうが」
冷静さを崩すことがなかったオロチが、この戦いの中で初めて驚いた様子を見せた。
怪鳥ガルーダ。
それが乱入者の名前だ。
全体的に赤い羽毛に包まれ、二対の翼と鋭い嘴が特徴の強モンスターである。
身体の全長はガイアドラゴンよりも少し小さいくらいだが、そこから感じる圧迫感は決して劣っているということはない。
それもそのはず。
ユグドラシルの設定では、怪鳥ガルーダの好物はドラゴン種のモンスターであり、その戦闘力はガイアドラゴンと比較しても若干ガルーダの方が上なのだ。
(まさかこいつも人間が集まっているヘルヘイムに向かってきたのか? ……いや、設定では確かガルーダの好物はドラゴンだったはず。つまり、捕食しようとガイアドラゴンを追ってここまで来たってところだろうな。まったく、迷惑な話だ)
突如として空から舞い降りて来たガルーダの乱入により多少驚いてしまったが、やること自体には何ら変更はなかった。
まずあり得ないだろうが、例えこの二匹が徒党を組んで向かって来たとしても、それがオロチの脅威となることない。
慌てず、冷静に獲物を狩る。
最初から何も変わっておらず、ただ獲物が一匹増えただけに過ぎなかった。
獲物が増えたのだから不満はない。
むしろガイアドラゴン一匹では微妙だと感じていたので、そこにガルーダがやって来たことは大歓迎であった。
「グルゥウゥゥゥ……!」
「クルァァアァァ……!」
だが二体の怪物は互いに睨み合っており、オロチの存在などまるで見ていない。
どちらも圧倒的な捕食者であるが故に、些細な障害と思われる者には注意を払う必要がないと判断したのだろう。
それはオロチからすれば非常に不愉快極まりないことだった。
「おいお前ら、俺を無視して見つめ合ってんじゃねぇよ。――スキル『絶死絶断』」
スキルの名前を口にして、オロチがその場で刀を一振りすると、離れた場所にいた筈のガイアドラゴンとガルーダの首がスパンッと飛んだ。
たった一度の攻撃で二体の怪物は生き絶える。
まさかこれほど簡単に自分たちが死ぬとは思わなかったであろう彼らは、最後の瞬間までオロチのことなど眼中になかったのだった。
振り返ってみれば実に呆気ない戦闘……いや、狩りだったと言える。
ガイアドラゴンの攻撃を回避していた時はそれなりの戦闘になっていたのだが、その後ガルーダが乱入してからはあっという間に決着した。
あまりにも一方的過ぎて物足りなささえ感じている。
(まぁ、自分の視界に入るまで接近に気付かないってのは、流石に油断しすぎだったか。反省反省)
人間にとって伝説の一幕になるであろう戦闘を終えたオロチは、ガルーダの乱入を思い出し、そう心のどこかで緩んでいた警戒心を引き締めたのだった。