宴会に参加した翌日、オロチはヘルヘイムの地下空間へと足を運んでおり、後ろにはナーベラルが侍っていた。
ここは既に一つの基地として運用することが可能となっている。
その上、労働力は高位のアンデッド系モンスターを中心に配置されているので、警備はもちろんのこと、維持する為の経費も最小限で済んでいるのだ。
(完全なブラック企業……。まぁ、休めと言っても休まない連中だから仕方ないか)
この基地を建設している目的は、ナザリックと人類が全面的な抗争へと発展した場合、墳墓以外にも戦力を供給できる拠点としての役割である。
竜王国の現状はオロチによる統治を歓迎しているが、それも本当の正体がバレればどうなるか分からない。
ゲームと違ってやり直しが効かない分、こういった保険は極めて重要だった。
他にも地上部分で大々的に店舗を構え、それらの利益をナザリックの活動資金とするという目的もある。
ユグドラシルの通貨ならば大量にナザリックの宝物庫に納められているが、この世界で流通している通通貨とは違うので、迂闊に市場に出すことが出来ないのだ。
オロチの冒険者としての稼ぎが多いと言っても、配下たちの活動資金を考えれば追い付いていないというのが現状だった。
その為、ヘルヘイム建設には金策としての側面も持ち合わせているのである。
「オロチ様。ご命令通り、例のアイテムを一通りナザリックから運び出しておきました。さっそくご覧になられますか?」
すると、オロチの背後に控えていたナーベラルがそう報告してきた。
「ああ、頼む。地上の整備も出来上がってきているし、そろそろこっちも進めた方が良いだろう」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
彼女の案内で基地内の奥へ奥へと進んで行き、警備がかなり厳重な区域へと入っていく。
この区域ですれ違う配下は特に高レベルのモンスターで固められており、この場所の重要度を物語っているようだった。
そうしてとある部屋の前までやって来たオロチは、ナーベラルの『こちらの部屋です』という声に促されるまま、両脇に立っている兵士の間を通って入室する。
「厳重な部屋の割には、中はあんまり物がないな」
入った部屋の室内にあるのは机と椅子、それからいくつかのガラスケースだけだった。
「ここはヘルヘイムで人間たちから集めた資金を、一時的に保管しておく為の部屋ですからね。今はあまり使っていません。それなりに飾り付けることも出来ますが……どうされますか?」
「……いや、このままで良い。様式美としてアイテムを大量に置いても良いが、たぶん誰もここへは入って来れないだろうし。それに、何もしなくもそのうち金で溢れかえるだろうしな」
ナザリックに宝物庫があるように、本音を言えば少しだけ飾り付けたい気持ちもあった。
厳重な警戒の先には宝の山……というのは定番だろう。
ただ、そういったものは地上部分に何かしら設置する予定なので、ここにまで用意する必要は無いと判断する。
そして、オロチの視線がガラスケースの中身へと向けられる。
この殺風景な部屋にあるガラスケースの中に並んでいるのは、手のひらサイズの建物の模型だった。
この模型はユグドラシルの課金アイテムであり、使用すれば任意の場所に模型と同じ外見の建物を建築することが出来るという代物だ。
人間たちに建物を建築させていない一番の理由がこれである。
このアイテムを使えば一瞬であらゆる建造物を設置できるので、都市開発に掛かる時間を大幅に短縮することが可能なのだ。
故に、今まで地上では道の整備などを重点的に行わせていた。
(一応課金アイテムなんだよな、これ。でもどうせ山ほどあるから全部は使い切れない。昔ナザリックの宝物庫に手当たり次第に放り込んでいたのが幸いだったな)
課金アイテムなので今後新たに入手する事は出来ないだろうが、だからと言って後生大事に保管していても意味がない。
替えがきかないアイテムであればまだしも、在庫が多く、更に建物は時間をかければ人力でも建設できるので惜しむ理由が無かった。
コロシアム型のミニチュアをガラスケースから手に取り、それをじっくり観察する。
「へぇ、あんまり気にした事がなかったけど、結構ちゃんとした外観をしているじゃないか。これなら見栄えもある程度良くなるな」
「はい。至高なる方々が自らお造りになられたナザリックには遠く及びませんが、人間たちからすれば十分素晴らしい出来かと」
ナザリックの外観は全てプレイヤーによるハンドメイドだ。
アインズ・ウール・ゴウンに所属していたプログラマーやデザイナーが協力し、専用のツールで細部にまでこだわって作成しているので、公式が用意しているデザインを超えていることも珍しくなかった。
ただ、あくまでそれはナザリックと比較すればであり、この世界にある建造物と比べると十分に優れていると言えるだろう。
「それじゃあヘルヘイムの完成予想図を持って来てくれ。明日から順次こいつを配置していくから、具体的な構想を考えたい」
「すぐにお持ち致します」
「あ、そういえば昨日のモンスターの件で何か分かったか?」
部屋を出て行こうとしていたナーベラルの足が、オロチの声でピタリと止まる。
「そちらは現在、配下たちを動員して調査中です。ただ、報告では大規模な縄張り争いの痕跡が発見されたそうです。なので今後も、モンスターが山を降りてくる可能性があります」
「なるほど、わかった。なら向こうの活動がひと段落したら、シズとクレマンティーヌの二人を派遣しよう。あの二人なら何かの役には立つだろう。もっと増員が必要なら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。駄猫はともかく、シズが居れば心強いです」
未だにクレマンティーヌのことを駄猫と呼んでいるナーベラルに、オロチは思わず苦笑したのだった。