鬼神と死の支配者151

 ヘルヘイムの地下基地で一夜を明かしたオロチは、さっそく昨日用意したミニチュア型の建築アイテムを設置するべく、未だ靄がうっすらと残る早朝に地上でナーベラルと作業を始めようとしていた。

「えーっと、今日用意したのは城、闘技場、ホテル、カジノ、それから……なんだっけ?」

「他には飲食店や雑貨屋タイプの店舗がいくつかですね。予定では中心部に城を建てて、そこから徐々に建物を増やしていくと仰っていましたよ」

「そうだったそうだった。あー、まだ頭が完全に起きていないみたいだ。ふぁぁ……めっちゃ眠いし」

 起床したばかりのオロチは色々と抜けている。
 たっぷりの睡眠を取った翌日でもあまり変わらないというのに、昨夜は遅くまで起きていたので一層頭が重い気がした。
 ナーベラルはそんなイマイチ思考力が足りない彼の補足をする。

「でしたら今日の作業は私に任せて、オロチ様はまだお休みになられてもよろしいですよ? アイテムを昨日オロチ様が決められた場所に配置するだけなので、私一人でも十分こなせると思いますし」

「……非常に魅力的な話だが、それをやるとズルズルと駄目男になりそうだから遠慮しておこう。頼りっぱなしってのは情けないからな」

 その言葉を聞いたナーベラルの頭に、『このまま自分に依存させてしまえば……』という考えが頭をよぎったが、すぐにそれを捨てて従者としての仮面を被る。

「かしこまりました」

 そうして整備されたヘルヘイムの道路を二人が進んでいくと、まだ朝の早い時間帯だと言うのに既に多くの職人たちが起き始めていた。
 そして、そんな男たちの中に大きなダンベルを持って筋トレをしている男がおり、その男がオロチの姿を見るや近付いてくる。

「お早いですね陛下。こんな朝早くから一体どうかしましたかい?」

「親方か。今からマジックアイテムを使って、パパッと建物を建てていこうと思ってな。ただ、建てるの自体には時間が掛からないんだが、なにぶん数が多い。だからこんな早朝から始めるんだよ」

「へぇ、そりゃすごい。よければ俺たちも見学してて良いですかい? もちろん、陛下たちの邪魔はしませんので」

「良いけど、別にそこまで面白いものって訳じゃ……いや、見応えはそこそこありそうだな。それじゃあ見たいやつは付いて来い。これから向こうに城を建てるから、珍しい光景が見れると思うぞ」

 職人たちは城を建てるという言葉に首を傾げながらも、好奇心に釣られて結局全員がオロチとナーベラルの後に付いていった。
 まだ寝ていた者もいたのだが、彼らは同僚たちに叩き起こされ、半分眠ったまま参加している。

 向かう先はヘルヘイムの中心部。
 かつてこの場所には立派な宮殿らしきものが建っていたが、老朽化が進んでボロボロになっており、今では大工たちに打ち壊されて更地となっていた。
 オロチが立てた都市計画ではここに城を建て、その周りから徐々に建築を進めていく予定である。

「さてと、場所はこの辺りで合ってるよな?」

「はい。ここら一体は全て城の建設予定地のはずです」

「まだまだ後がつかえているし、ちゃっちゃと終わらせるか」

 そう言って手に持つのは昨日厳選した城のミニチュアだ。
 オロチがそれに向かって『起動』と短く呟くと、使用者であるオロチだけに見える建築画面が表示される。
 どういう仕組みかはわからないが、現実となった今でもシステムはしっかりと生きているらしい。
 ここで細かな設定をすると、数秒で建物が完成するという流れだった。

 設定と言っても大して難しいものではない。
 細かい位置の調整やサイズの設定、他には色合いなどを決めるだけなので数十秒ほどで完了できる。
 逆を言えば自由度が低いとも言えるのだが、今は速度を重視しているのである程度の見た目があれば十分だった。

「これで完了っと」

 そうして現れたのは庭園付きの立派な城だ。
 広大な敷地には余すことなく緑が生い茂り、実際にこれを人の手で建てようと思えば、一体どのくらいの費用や時間が掛かるのかすら検討もつかないレベルである。
 王国、帝国、そして竜王国にも王や皇帝が住まう城はあるが、そのどれと比較してもこのヘルヘイムの城は別格のように思えた。

「どうだお前たち。これがこの街の……って、どうしたんだ?」

 付いてきていた職人たちの方に振り返ると、皆が一様にポカンと口を開けて呆然としていた。
 数秒後にハッとした頭領が慌てて口を開く。

「どうしたって……こりゃ、言葉もでねぇ。一体どんなすげぇ魔法を使ったんですかい?」

「普通のマジックアイテムだが?」

「これが普通ってなら、俺たちが知ってるマジックアイテムはガキのおもちゃになっちまいますぜ……。これじゃあ大工がお役御免なる日は近そうだ」

 圧倒的な迫力を醸し出す城を前にして、頭領は目を伏せて自身の職に限界を感じているようだった。
 自分たちがどれだけの時間を掛けたとしても出来ないような建築を、本当に一瞬で行なってしまったのだ。
 プロとしてのプライドがあっただけに、自信を失くしてしまっても無理はない。

「安心してくれ。このアイテムはヘルヘイム以外で使うつもりはないし、俺以外にこれを持っている奴は恐らくいないだろう。だからお前たちの仕事が奪われる事はない筈だ。俺はまだまだお前たちを使うつもりでいる。安心してこれからも職務に励むといい」

「っ! そいつは有難ぇ。こんな立派なもんをポンポン建てられちゃ、俺たち大工は飯が食えなくなっちまうんでね」

 頭領を安心させたところで、その後も次々とミニチュアを使って建物を建てていく。
 ホテルや飲食店、闘技場やカジノなどを設置していると、気付けば太陽が沈みかけており、空は綺麗な夕焼け模様になっていた。

「そろそろ今日の作業はここまでにしておきませんか?」

「そうするか。あんまり俺が長くやってると、頭領たちも休みにくいだろうしな」

 下の立場の者たちからすれば、自分たちの雇い主がまだ働いているのにも関わらず切り上げるのは、心情的に難しいものがあるだろう。
 何事もほどほどが一番である。

「それでは今夜もこちらに?」

「あいにくとこれから予定があるんだ。クレマンティーヌたちが最後の仕上げに取り掛かるらしいから、面白そうだからそこに俺も顔を出そうと思ってな。また明日来る」

 ナーベラルはクレマンティーヌを殴ろうと密かに決意した。

 

   

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