鬼神と死の支配者7

 俺とナーベラルはギルドの掲示板の前にいる。
 そこには無数の依頼書が張り出されているが、困ったことに文字が全く読めなかった。

 よく考えれば異世界に転移したのだから、この世界の文字が読めるはずもない。言葉が一緒なのは謎だけど。

「うーむ、読めん。ナーベラルは読めるか?」

「申し訳ありません。どうやら、我々が使用している言語とはまったく異なるようです」

 だよなぁ。日本語や英語、ましてや中国語でもない。
 アルファベットっぽい文字はいくつかあるが、だからといって理解できるはずもなかった。

「仕方ない。受付の人に俺たちが受けれる依頼を適当に選んでもらおう」

 たしか、冒険者は階級によって受けられる依頼が異なったはずだ。
 文字が読めない以上は、さっさとプロに選んでもらった方が良いだろう。

 誰も並んでいない受付へ行き、そこにいた受付嬢に話しかけた。

「俺たちカッパーの冒険者って、どんな依頼が受けられるんだ?」

「カッパークラスの冒険者ですと……今出ている依頼はゴブリンの討伐ですね」

 ゴブリンか……。物足りないが仕方ない。

「そうか。ではその依頼を受ける」

「かしこまりました。では詳しい依頼の内容をご説明しますね。まず――」

 受付嬢の説明を要約すれば、ゴブリンを討伐したらその証明として右耳を剥ぎ取らなければならない。
 それが無いと、いくらゴブリンを倒しても依頼達成とはならないらしい。

 そしてゴブリン一匹につき、依頼報酬と討伐報酬がそれぞれ銅貨1枚ずつで、合計銅貨2枚となる。
 なぜ依頼報酬と討伐報酬が分かれているのかというと、依頼を受けなくても討伐報酬だけは貰える仕組みらしい。

 つまり俺が依頼を受けていないオーガを倒しても、依頼報酬は貰えないが討伐報酬は受け取れるというわけだ。
 わざわざ受付嬢に確認したから間違いない。

 ……俺たちが強そうには見えないからか、その受付嬢はひどく心配そうにしていたがな。

 そして説明が終わり、礼を言ってその場を離れようとしたが、『お気をつけて……』という小さな声が聞こえてきた。

 しかし、身体能力が格段に高い俺でさえギリギリ聞き取れる声量だったので、そのまま気がつかないフリをして外に出る。

 俺の見た目が子供っぽいからそんなに心配するのかね?
 油断するつもりはないけど、この周辺にいるようなモンスターに遅れを取るほど弱くはない。
 ま、美人に心配されるのも悪くはないけどさ。

「じゃあ行くとしようか。ナーベラルはたしか索敵魔法が使えたよな? 今回はそれが頼りだから期待しているぞ」

「お任せください! 必ずやオロチ様のご期待に応えてご覧にいれます!」

 ナーベラルは気合十分といった感じで張り切っている。
 かく言う俺も、実はちょっとワクワクしている自分がいた。

 ユグドラシルでは冒険者というものは存在しなかった。
 クエストという形でそれらしいことはやっていたが、この世界の冒険者のように階級は無く、クエスト自体に浪漫を感じたことはない。

 だが、たとえ今はカッパーという最低ランクの冒険者であっても、冒険者という言葉だけで胸が躍る。

 俺の使命が冒険者としてそれなり以上の地位に就くこと、というのも素晴らしい。
 気兼ねなく冒険者活動に専念できるからな。

 そんな張り切っている俺たちは意気揚々と街を飛び出し、人目につかない場所まで移動した。

「よし、早速だが探知魔法を使ってくれ。それで周囲のモンスターの居場所を特定するんだ」

「はい。――“ディテクト・ライフ”」

 ナーベラルが使ったこの魔法は探知系の魔法で、使用すれば生物の居場所を探知することができる。

 それもナーベラルクラスのマジックキャスターが使えば場所だけではなく、どんなモンスターがいるかも分かる使い勝手の良い魔法だ。

 1分も経たないうちに、目を閉じて集中していたナーベラルがゆっくりと目を開けた。

「お待たせいたしました。ここから2キロほど北に行った所に、ゴブリンやオーガが複数集まっている場所があるようです。すぐにテレポートで転移しますか?」

 どうやらこの短い時間で周辺のモンスターを調べ尽くしたようだ。
 ゲームのだった頃は何気なく使っていたが、こうしてみると非常に有用な魔法だな。

「ここから2キロ、か。歩いて行くには少し遠いな。テレポートを……いや、やっぱり歩いて行こう」

「……? 仰せのままに」

 俺がすぐに転移で移動しないことを、ナーベラルが不思議そうに首を傾げている。

 たしかに歩く必要はないんだけど、この世界に来てからナーベラルとゆっくり話す時間が無かったと思ってね。

 実は昨日の夜にでも時間を取ろうとしていたんだが、まさか気絶するとは思ってもみなかったので話すことはできなかったのだ。

 いい機会だからナーベラルのユグドラシルでの記憶や、転移後の生活なんかを聞いておきたい。
 それを考えれば、30分のウォーキングも大したことはないだろう。

 そんなことを思い、ふたりでモンスターが集まっているという地点に向かって北へと歩き始めた。

「ナーベラルはユグドラシルの記憶はどの程度あるんだ?」

「記憶、ですか? 至高の方々である皆様が勢ぞろいし、歯向かう者どもを蹴散らしたあの日。そしてオロチ様が我々プレアデスを鍛えて下さった日々。そんな素晴らしい日々を忘れるはずがありません。あの頃の記憶は今でも昨日のように思い出せます」

 ふむ。やはりユグドラシルの記憶は覚えているみたいだな。他の配下に聞いても覚えていないという者は一人もいなかった。
 行動は制限されていたが、その頃から感情があったということか。

 それにしても――

「……俺が連れ出した事も覚えているのか?」

 ユグドラシル時代、俺はプレアデスたちをレベリングする為に、よくナザリックの外に連れ出していた。

 プレアデスはナザリック地下大墳墓を守るために作成されたメイド部隊なので、実際に戦闘を行ったことがなく、ステータスの微調整などは全くされていなかったのだ。
 なので俺が彼女らを強くする為、ナザリックから連れ出し強化を行った。

 俺としてはキャラの育成が好きだったのと、中途半端な状態で放置されているのが気持ち悪かったというだけである。
 その頃はただのNPCだったしな。

 だからその事を覚えているナーベラルが意外だった。

「覚えていますよ。私だけではなく、プレアデス全員があの夢のような時間を忘れた事はありません。今でもプレアデスの間で『あの時のオロチ様はこうだった』という自慢話が開催されていますから」

 なんだ、その恥ずかしい会合は……。できれば今すぐに止めろと言いたい。
 言いたいのだが、幸せそうに話すナーベラルにそう言うのは憚られた。

 美女たちに持ち上げられるのは気分が良いんだけどさ、配下たちは限度ってものを知らない。
 下手したら俺が転んだだけでも褒めちぎりそうな勢いだからな。

「……そうか。じゃあ今度、時間を見つけて遊びにでも誘ってみるか」

「本当ですか!? 実は今回この旅に私が選ばれたので、私以外全員のプレアデスに恨まれてしまったんです。そう言って頂けると彼女たちも凄く喜ぶと思います!」

「ん? もちろんお前とも遊びに行くつもりだぞ?」

「わ、私もよろしいのですか? 今のこの時間が既に至福の時間なのですが……」

 至福の時間て、そんな大袈裟な……。
 そりゃ苦痛です、って言われるよりは断然いいんだけど。

「今は一応仕事だし、なにより俺がナーベラルと遊んでみたいしな。――お、ようやく目的地が見えて来たぞ」

「はわわはわわ」

 ようやく目的地に着いたのだが、ナーベラルが少しの間バーサーク状態になり、手当たり次第に雷で殺戮したので戦闘は一瞬で終わった。

 ……俺も戦いたかったのに。

 

   

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