鬼神と死の支配者8

 ナーベラルが暴走した後、また新たに現れたふたつの群れを殲滅した。
 どちらもゴブリンとオーガの群れだったので、大した労力を使わずに倒すことができたのだが……正直物足りない。

 所詮は雑魚のモンスターを蹴散らしていただけで、ストレス発散にはなっても戦闘欲を満たすことはできなかった。

「……せめてドラゴンでも出てこればなぁ」

 この世界でユグドラシルのボスモンスタークラスのドラゴンが出現すれば、誇張抜きで滅んでしまいそうだが、今は切実に出てきて欲しいと思う。

 ワールドアイテム並みの性能を持つ『夜叉丸童子』を装備した今の俺なら、ワールドエネミークラスでない限り十分に対処できる。

 なぜこの装備はまた持ち出しているかと言うと、冒険者活動をする条件として、この夜叉丸童子を装備していくことをアインズさんに言われたのだ。

 俺は通常装備である『童子切安綱』だけで十分だと言ったが、『未知の世界では何があるか分からないです。この条件を承諾できなければ、オロチさんを行かせることはできません』とまで言われてしまえば仕方ない。

 この刀も使ってもらった方が嬉しいだろうしな。
 とはいえ出てくるのが雑魚ばかりなので、結局まだ一度も鞘から抜いていない。

 だからドラゴンでも出てきて欲しいのだが……。

「オロチ様、向こうにゴブリンやオーガよりも遥かに強い反応があります」

 ナーベラルにそう言われ気配を探ってみると、たしかにそういう気配を感じる。
 ドラゴンほどの力強さは感じないが、オーガなどとは比べ物にならない強さだ。

「仕方ないからコイツで我慢するか。ナーベラル、俺がやるから手を出すなよ?」

「はっ、かしこまりました」

 ナーベラルはそう言って、恭しく一礼してから一歩後ろに下がる。

 そして地平線の先から砂煙を巻き上げ、こちらに向かって爆走してくる蜥蜴の姿が見えた。
 あれはおそらく、ギガント・バジリスクという蜥蜴や蛇に似たモンスターだろう。

 ギガント・バジリスクは石化の視線や猛毒を吐き、そこそこ皮膚が硬いため、ユグドラシルの初心者プレイヤーにとっては非常に強力な相手だ。
 しかし中級者以上のプレイヤーからしてみればデカイ蜥蜴に過ぎない。

 ましてやトップギルドとして君臨していた『アインズ・ウール・ゴウン』のアタッカーである俺が、この程度のモンスターに苦戦することなどあり得ない。

 そうとも知らず、もしくは考える知能が無いのか真っ直ぐ俺に向かってくるギガント・バジリスク。
 俺は迎え撃つべく、腰に差している夜叉丸童子に手をかけた。

「ギュルルラアアアァァ!!!」

 いくら雑魚とはいえ夜叉丸童子を使う以上、手を抜くことなど許されない。

 だから――全力でいく!

 そう意識した瞬間、周りの時間がゆっくり流れているかのようにスローモーションになった。
 この感覚も久しぶりだ。
 これはスキルや魔法ではなく完全に俺自身の能力。

 ユグドラシル時代から、戦闘を強く意識すると周りがこうしてゆっくりになる。
 ギルドメンバーにこのことを話すと、『なにそのチート、いつからバーストリンカーになったん?』なんて言われたもんだ。

 それでも本当に強い奴が相手だと偶に押し負けてしまうのだから、そっちの方がチートだと思う。

 おっと、そんなことを考えているうちにギガント・バジリスクが俺の射程圏内に入った。
 体感時間では結構経過したようにも感じるが、実際にはそれほど経っていない。
 おそらく数秒ほどだろう。

 全身から余計な力を抜き、自然体で居合の構えを取る。
 そして一気に踏み込んでギガント・バジリスクの首を高速で切った。

 ――手応えあり。

 俺の横をそのままドタバタと音を立てて駆け抜けていく大蜥蜴。
 しかし徐々にそのスピードが失速していき、ついにその巨大な体が崩れ落ちる。

 近づいて首を確認してみるが、まったく切り口が見当たらない。
 それどころか血が一滴も流れていなかった。

「……素晴らしいとしか言いようがありません。私ごときでは、オロチ様の剣筋を見ることさえできませんでした」

「この技は最近できるようになったんだ。アインズさんを除けば、この技を見たのはナーベラルが初めてだよ」

 さっきの感覚を掴めば、大幅に成功率を上げられそうだ。
 実は訓練での成功確率はおよそ半分といったところ。実戦で使用するのは初めてだったので、上手くいってよかった。

 ちなみに、俺がやったことは単純だ。最低限の動きを超高速で行っただけ。

 優れた料理人が一級品の包丁を使えば、食材がまるで切れていないかのように元通りになる事があるという。
 それはあまりに綺麗な切り口のために発生する現象だ。

 ユグドラシルではシステムという壁を越えることができなかった。
 どれだけ速く動いても、どれだけ綺麗に切り裂いても、ただ通常通りにダメージ計算が行われるだけだ。
 まぁ、ゲームというのはシステムが絶対なのだから仕方ない。

 しかし、現実となった今ではできると信じて特訓していたのだ。
 初めて訓練で成功した時は嬉し過ぎて、アインズさんを緊急回線で呼び出して自慢しまくったな。
 割と迷惑だったろうに、それでもなんだかんだで一緒に喜んでくれた。

「よしっ、さっさと街に帰るか。ナーベラル、エ・ランテルの街外れにテレポートの魔法で飛ばしてくれ。このデカブツも一緒にな」

「は、はいっ、かしこまりました」

 これだけ綺麗なギガント・バジリスクの死体なら、そこそこ良い値段で素材を買い取ってくれるかもしれない。下手な金属よりは丈夫で軽いし。
 そういう下心もあり、コイツを運ぶことにした。

 しかし、ストレージやアイテムボックスが存在しているか怪しかったので、転移した後は俺が担いでいくことにしたのだがそれが返って注目を集めてしまい、冒険者組合の職員や門番に根掘り葉掘り詮索される事になるとは思いもしない俺である。

 おまけに、ただでさえ強力なモンスターとされていたらしいギガント・バジリスクをここまで綺麗に倒したことで、色々な冒険者パーティーに勧誘されて煩わしかった。

 ただしっかりと報酬はもらえたし、階級もカッパーからふたつ飛ばしのゴールドに昇格することができたので、まあ良しとする。

 そんなこんなで紆余曲折ありながらも、俺たちは登録からわずか2日でカッパーからゴールド級冒険者となったのだった。

 

 ◆◆◆

 

 太陽が沈み、夜の闇に包まれたエ・ランテルの街。
 そこに鼻歌を口ずさみながら上機嫌で歩く女がいた。

 その女はこれからピクニックにでも行く子供かのようにニコニコとしている。
 今の姿をを見れば、おそらく男女問わず頰を緩ませてしまうだろうと思うくらい幸せそうな笑顔だった。
 しかし彼女はそんな可愛らしい人物ではない。

 それは手に持っている血濡れた武器を見れば一目瞭然だろう。
 彼女は短剣の一種であるスティレットと呼ばれる武器で、自身に情報を与えてくれた情報屋を躊躇いなく殺したばかりだった。

「な、なんで殺したんだよ!? ンフィーレア・バレアレの情報はちゃんと渡したはずだろう!」

 そう言った男は自分の相棒だった男の亡骸を見て、次は自分が殺されると恐怖でその身を震わせる。

 なんてことない依頼のはずだった。
 エ・ランテルの街で活動しているひとりの薬師の情報を渡すだけなんて。その上、対象の薬師はこの街で有名なンフィーレア・バレアレ。

 とくに労することなく大金が転がり込んでくる美味しい依頼だったはずなのだ。
 それが目の前にいるイカれた女の所為で予定が狂った。

「んー、貴方たちが嘘を付いているかもしれないじゃん? だから念のために……っていうのは建前で本当は私が人を殺すのが大好きなんだぁ~。だから――死んで?」

「い、いやだ……。誰か助けてくれー!」

 女がスティレットを振り上げた瞬間、死ぬのは御免だとばかりに情報屋の男は狂人の前から逃げ出す。
 男は情報屋という仕事を長い間続けていたので、荒事には多少なりとも慣れているつもりだった。

 だが、目の前にいる相手だけは別だ。
 自分よりもそういった荒事に慣れていた相棒をいっそ見惚れるような一撃で瞬殺したのだから。
 明らかに自分が敵う相手ではなく、敵討ちなんて考えもしなかった。

 しかし、目の前にいる相手は逃げ出したからといって見逃してくれるような優しい心を持ち合わせてなどいない。

 流れるような動きで情報屋の男の心臓を背後から一突きにした。

「ぐぁ……」

「あはは、ざんね〜ん。これで貴方は私の虜。さぁ知っていることを洗いざらい教えて頂戴」

 すると、心臓を貫かれたはずの男がムクリと立ち上がり、長年の親友に話すような穏やかな表情でペラペラと喋り始めた。
 しかし男の目には紅い光が灯り、とてもじゃないが正常の精神状態には見えない。

 どんよりとした雲が月を覆い隠す。
 それはこのエ・ランテルの街にうごめく闇を表しているかのようだった。

 

   

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