倒れている男の腕からブレスレットを剥ぎ取り、そしてその死体を乱雑に袋の中へと押し込めるシズ。
その後すぐ、彼女は再びオロチの元へと駆け寄っていった。
口には出さなかったが、今しがた剥ぎ取ったブレスレットを差し出す代わりに、スッと頭を差し出して何かを求めているような仕草をする。
これは撫でろ、という事だろう。
ついさっきもしたばかりだが……と苦笑しながらも、オロチはシズの願い通り優しく頭を撫でてやる。
(感情がわかりにくいと思っていたが、これならナーベラルと同じくらいわかりやすいな)
しばらくの間そうして撫でていたが、いかんいかんと今は仕事中であることを思い出してその手を止めた。
「シズ、怪我はないよな?」
「大丈夫です」
「なら良い。さて、まずは隠し部屋だったか? それを探さないといけないんだが……どこにあるわかるか?」
先ほどの男が言うには、このループ空間のどこかに隠し部屋なるものがあるという。
だが、いくらオロチが超人的な察知能力があるといえども、それが無機物相手では通用しないのですぐには見つけられない。
これが人であればどれだけ巧妙に隠れていても見つけられる自信があるのだが、流石にこういったことは専門外だった。
しかし、オロチが苦手とする一方で探索はシズの得意分野である。
「お任せください」
その一言だけでシズに任せることを決めた。
彼女の種族はオートマトン――機械の人形だ。
魔法が主流の世界で科学の力を持ち合わせている彼女は、戦闘力に特化しているオロチよりも遥かに探索やトラップ解除などの技量が高い。
ありとあらゆるタイプのギミックに精通しているので、この状況で何よりも頼りになる存在と言えるだろう。
クレマンティーヌよりも早くオロチと合流することが出来たのも、もちろん戦闘力の差というのもあるが、それよりも彼女が持つ技能によるところが大きかった。
ナザリックに仕掛けられているギミックを熟知していることを考えても、その分野に関する知識は相当なものである。
「……こっちです」
そうしてシズが迷わず向かった先は、何らかのモンスターの毛皮で作られている絨毯の前だった。
高級感のあるそれは恐らく、高レベルのモンスターから剥ぎ取った毛皮で作成されて物だと思われる。
オロチにはあまり理解できないが、何故か金持ちの家にはこういった毛皮や剥製を使った家具が多い印象があった。
シズはそんな絨毯を引っ剥がし、その下の床にあった小さな取っ手に手を掛けて持ち上げると、あっさり地下へと続く階段が姿を現した。
この絨毯の価値を知っている者がもしこの場にいれば、その雑すぎる扱いに悲鳴を剥げていたかもしれない。
無論、ナザリックの高級品に比べると布切れ同然の品ではあるのだが。
「おぉ……よく気付いたな」
「私には壁を透視する能力がありますから。これも私を創造してくれたガーネット様のお陰です」
絨毯を放り投げたシズは、そう言って誇らしげに胸を張った。
「シズが居てくれると頼もしい。ナザリックにあるギミックも俺以上に詳しいし、今後も頼りにしているぞ」
コクコクと頷く姿は非常に愛らしい。
腕がシズの頭に伸びそうになるのをグッと堪え、二人で石造りの階段を降りていく。
そのまま一本道を先に進むと、地下の開けた場所に出た。
「あれ、か。このおかしな現象の元凶は」
飾りっ気の無い地下室にポツンと置かれている台座、そしてその上には見るからに怪しげな箱状のアイテムが鎮座していた。
その箱には赤く発光している線が走っており、今も稼働しているように感じられる。
十中八九これがオロチが求めていたマジックアイテムだろう。
「破壊しますか?」
「いや、コイツは俺が回収するつもりだ。せっかくこんな珍しいアイテムなんだし、ヘルヘイムで何かに利用しようと思ってな」
「了解です」
オロチは台座にある箱型のアイテムを無造作にひっ掴み、自身のストレージに収納する。
これで屋敷のループも止まるはず。
あとは残っている人間をサクッと殺せば任務完了だ。
「回収完了っと。あとはクレマンティーヌと合流して……って、そこにいるのはクレマンティーヌか?」
「やっほー。やっぱりもう二人とも合流してたか。どうやら一歩遅れちゃったみたいだねー」
アイテムを回収したので来た道を戻ろうとすると、ちょうどそのタイミングでクレマンティーヌがひょっこりと現れた。
オロチたちが降りてきた場所とは違う方向から出てきたところを見ると、他にもこの地下への入り口があるのだろう。
罠が張り巡らされていた屋敷の中で、こうしてあっさり合流してくるあたり、彼女も順調にナザリック勢の実力に近付いてきているようだ。
(ふむ、別の入り口もあるのか。……いや、作らざるを得なかったのかもしれないな。このマジックアイテムの使用条件に、もしかすると部屋への行き来ができるという条件でもあるのかも。まぁ、検証はナザリックに持ち帰ってアインズさんに任せよう)
困った事は全てアインズへ。
最近ではヘルヘイムに関する裏方の仕事も引き受けていることもあり、相変わらずとんでもない仕事量である。
アルベドが上手くサポートしてくれるのを願うばかりだ。
「合流してきたってことは、そっちも狩りは終わったのか?」
「終わったよー。ふっふっふ、今回は結構自信があるんだぁ。もしかすると勝ってるかもしれないよー?」
「……甘いね。オロチ様の見ている前で私が負ける訳ない」
どちらも手応えがあるらしく、一歩も譲らずに張り合う二人。
(あ、賞品考えるのを忘れてた……)
すっかり賞品のことが頭から抜け落ちていオロチは、密かに頭を抱えたのだった。