鬼神と死の支配者156

 屋敷の一番目立つ場所に『新たなる王に祝福を』という血文字をクレマンティーヌが施した後、オロチたちはヘルヘイムの地下基地に帰って来ていた。
 この血文字を残すのには当然理由がある。
 簡単に言えば竜王国には悪人を断罪する者が存在すると、そういう風に認知させる為に行なっているのだ。

 そうすることで犯罪者たちがいつ自分たちが粛清されてしまうのか不安になり、凶悪な犯罪を抑制する働きがある。
 実際に竜王国では凶悪な犯罪が減少傾向にあった。
 ここで重要なのが、あくまでも断罪の対象が悪人がであるということ。
 これにより一般市民は安心して暮らす土地と仕事にあり付くことができ、反対に悪人たちは派手な動きを取れなくなってしまうのだ。

 そして実行犯がオロチと信奉者であるという事も、国民からすればまるで正義のヒーローのように見えてしまう。
 何故なら国を救ったオロチは英雄だからだ。
 大雑把ではあるが自分たちの英雄を称えている者は味方、そんな空気が今の竜王国にはあった。
 これを提案して実行したのはクレマンティーヌだが、オロチが思っていた以上の成果が上がり、人間の単純さと自分の人気に少し驚いていたほどである。

「それじゃあまず、自信満々なクレマンティーヌから成果を見せてくれ」

 オロチに呼ばれたクレマンティーヌは、『はいはーい!』と元気に簡易的なアイテムストレージである袋から死体を取り出していった。
 次々と出てくる死体はどれも喉元を掻き切られており、彼女の手際の良さが伺える。
 ただ、どの死体も恐怖や苦しみといった表情を浮かべており、一体どういう最期を迎えればこうなるのか少しだけ気にはなった。

「私は……ゴロツキが17人、それから幹部の男が2人。そしてなんと、ボスを仕留めちゃいましたー!」

「ほぅ、多いな」

 ゴロツキが17ポイント、幹部が10ポイント、それからボスが10ポイントでクレマンティーヌの合計は37ポイントだ。
 なるほど。
 自信があっただけに思ったよりも多く犯罪者を狩っている。
 ボスまでクレマンティーヌが仕留めているし、これは本当に彼女がシズに勝ったかもしれないと思う数だ。

 ただ、この光景を見てもシズはまったく動じた様子は見せなかった。
 まだ自分が勝っているという揺るぎない自信があるのか、それとも……。

「次はシズだ。さて、勝者はどちらになるか」

「こちらです」

 クレマンティーヌと同様にシズも袋から死体を外に出していく。
 パッと見た限りでは、死体の数だけであればクレマンティーヌが勝っているので、勝負はここにどれだけ幹部も死体が含まれているかで決まる。

「どうだ、クレマンティーヌ。幹部は何体いる?」

「……ゴロツキが13人、幹部が5人。つまり合計は38ポイントだよ」

 死体の顔を確認していると、クレマンティーヌは徐々に勢いを失っていき、未だに信じられない様子でそう呟いた。
 あと一人でも多く倒していれば勝っていた、その事実が悔しさを倍増させているようだ。

 ただオロチは、この結果に微妙な違和感を抱く。

「シズ、もしかして数を調整したか?」

「もちろんです」

 勝ち誇ったように胸を張るシズ。
 僅か一点の差ではあるが、どうやらこの一点の違いはとてつもなく大きいらしい。

 シズは透視の他に望遠や熱源探知といった能力を持ち合わせている。
 つまり、彼女には初めから屋敷に何人潜んでいて、どこに居るのかさえ全て把握していたということ。
 なので最初から、シズには誰をどのくらい狩れば確実に勝利できるかがわかっていたのだ。

 シズの能力はある程度知ってはいたが、ここまで応用できるとは思ってもみなかった。
 とはいえ、シズはルールの範囲内で戦っているので彼女の勝利が揺るぐことは決して無いのだが。

「ははっ、すまん。これは最初からクレマンティーヌに勝ち目は無かったらしいな。内容が少しシズに偏ったゲームだったみたいだ」

「……ズルくない?」

 クレマンティーヌは思わずそんな不満を漏らした。
 これでは初めから自分に勝ち目が無かったではないかと、少しでも勝てるかもしれないと喜んだ純情を返してほしい気分である。

「まぁ少し可哀想な気もするが、この勝負はシズの勝ちだ。特に禁止はしていなかったしな。もし次があれば、その時はクレマンティーヌに有利なものにするから元気を出せ」

「ショボーン……」

「勝利」

 ガックリと肩を落とすクレマンティーヌとは対照的に、勝者であるシズはブイサインを突き出して喜びを露わにする。
 勝利を確信していた彼女だが、やはり改めてオロチの口から勝ちだと言われると嬉しいようだ。

「では、勝者であるシズには賞品としてコレをやる」

「これは……?」

 オロチが差し出したのは一振りの短刀だった。
 特に装飾らしい飾りは一切なく、鑑賞用ではなく完全に実用的な守り刀。
 ただ、そこから発せられている威圧感は並みのそれではなく、恐らくは神話級の装備であると思われた。

「それは昔、ガーネットさんと協力してエネミーからドロップさせた短刀でな。お互いにまだそこまで強くなかった時に、必死こいてボスを倒して得られた装備なんだ。ただ、今となってはあまり使う機会も無いし、是非シズが使ってくれ」

「よ、よろしいのですか?」

「いいさ。コレクションしておくのも良いが、やはり武器は使ってこそ輝くもの。だから、これはシズが有効的に使ってくれ」

「ありがとうございます……!」

 この短刀がドロップした当時、所有権を巡ってガーネットと争ったのは良い思い出だ。
 結局、最後はギャンブルの賭けで奪った……もとい、譲り受けた品でもある。
 それが今、シズの元へと渡った。
 オロチは感慨深いものを感じずにはいられなかった。

 

   

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