クレマンティーヌたちが犯罪組織を潰した数日後、オロチは竜王国の執務室で机越しに宰相と向かい合っていた。
「噂の狂信者がまた現れたようです。これ以上は我々にとっても害になりかねませんし、そろそろ国としても動いた方が良いのではないですか?」
竜王国に蔓延っていた犯罪組織を次々と壊滅させている実力と、隠れた集団まで見つけ出すその情報収集能力……敵に回れば厄介な事になるのは明白だ。
それならばいっそ、今のうちに芽を摘んでおいた方が安全だと宰相は考えた。
「放っておけ。狂信者とやらが手を出しているのは犯罪者だけだ。わざわざこちらが出向く必要もない。もし一般市民を襲うようになれば、その時に改めて潰せば良い。それに、今後も都合のいい鉄砲玉として使えれば便利だろう」
「それはそうですが……」
しかし、その考えはすぐに却下される。
そもそも狂信者というのは、オロチの仲間であるクレマンティーヌとシズの二人の事であり、彼女たちを捕まえる理由は一つもないのだ。
もちろんそれを知らない宰相からすれば、いつ自分たちに牙を剥くかと考えれば気が気ではないだろう。
城にも当然多くの警備を配置しているが、それでも一握りの猛者達からすれば突破できなくもないのだから。
「心配するな。もしも狂信者がおかしな動きをすれば、すぐにでも俺が動く。お前とドラウディロンはこれまで通り過ごしていれば良いさ」
オロチにそう言われても、宰相はイマイチ不安が拭いきれない様子だった。
いっそ内密に排除してしまおうかとまで考えるが、何かとんでもなく嫌な予感がしたので、結果この件はこのまま忘れることにする。
実際のところ、今は害どころか利益しかもたらしていない。
ならばオロチの言う通り、様子見として放置しておくのも決して悪い訳ではないと、無理やり自分を納得させた。
「私を呼んだか?」
すると、今までオロチの腕に絡みつき、頭を肩に乗せて甘えていたドラウディロンがムクリと身体を起こした。
彼女の姿は大人の、それも成熟した女性の姿をしている。
少し前までは万人受けするであろう可愛らしい子供の姿をしていたのだが、他ならぬオロチに大人の方が良いと言われたので、今となってはこちらの姿でいる時の方が多い。
「いや、呼んでない。楽にしていて良いぞ」
「うむ、ならばそうさせてもらおう」
そう言って再びオロチの肩にしだれかかるドラウディロン。
そんな光景を目の当たりにした宰相は目を丸くすると同時に、若干呆れたような表情を浮かべる。
「ドラウディロン様、一応今は仕事の話をしてるのですが……」
「私のことは気にするな。仕事を頑張ったご褒美だからな」
いつの間にこれほど仲良く……いや、手懐けたのかとオロチに視線を向けるが、返ってきたのはドラウディロンが甘える様子だけだった。
仲が悪いよりはベタベタしていてくれた方が都合が良いので、出来るだけ視界に入れずに気にしないようにする。
「ああ、それとヘルヘイムの完成予定は今から一月後だ。そこから順次稼働させていくから、お前もそのつもりで頼む」
「……進捗状況は何となく聞いていましたが、街一つ作るのにずいぶんとお早い工事でしたね」
工事の着工からまだそれほど日数は経っていない。
街ひとつの開拓など、本来ならば数年単位で進めていく大掛かりな事業なのだが、本当にそれこの短期間で成し遂げてしまったオロチに宰相は驚きを禁じ得なかった。
「他国から客を連れて来ると仰っていましたが、具体的にどうするのかはまだ聞いてません。もちろん何か考えがあるのですよね?」
宰相の疑問はもっともだ。
物理的にも、また安全的にも他国から呼び寄せるというのは現実的ではない。
馬車などで移動しようにも盗賊やモンスターに襲われる可能性があるし、そもそも竜王国とその周辺国家との関係ははっきり言って微妙だ。
わざわざそんな危険な場所にやって来る物好きは居ないだろう。
「転移門というゲートを設置する予定だ。こいつはその名の通り、離れた場所同士を繋いで、一瞬で移動する事が出来る。設置するのには色々と条件があるんだが……まぁ問題無いだろう」
「それはまた、凄い物をお持ちのようで」
これと同名のスキルも存在するのだが、オロチが言っているのはアイテムの方だ。
かなり珍しい部類のアイテムで、ユグドラシルの上位プレイヤーでも中々お目にかかれないレアアイテムなのだが、アイテムの収集癖があったオロチはいくつか保有していた。
更にユグドラシル最終日のあの日、他のプレイヤー達から色々と買い漁っていたのでそれなりの数を用意できる。
「将来的にはそのゲートを使って貿易をする、というのも良いかもしれん。ある程度ウチで手数料を取れば、それだけで勝手に金が転がり込んでくるし。ただ、初めにゲートを繋げるとすればバハルス帝国になるだろうな」
「帝国に?」
「ああ。ジルクニフなら俺に協力してくれるだろうから。あいつとは色々と、それこそ本当に色々と関わりがあるんだよ」
思い返せば彼とオロチの出会いは最悪だった。
初っ端から脅してみたり、配下の一人を寝返らせたり、あまりにも反応が面白かったのでわざと怯えさせてみたりもした気がする。
今は以前飲ませた『友好の酒印』の効果によって改善されているとはいえ、未だオロチに対しての苦手意識は残っていると思われる。
ただ、それでも他国よりかは交渉がしやすい。
苦手意識があるということは、こちらの要求に対して首を横に振り難いという意味でもあるのだから。
「ジルクニフ殿とはご友人とお聞きしましたが、いくら何でも他国との直通通路の設置は、躊躇してもおかしくはないのでは? 自国の中に敵を招き入れるようなものですよ?」
「俺ならそんなまどろっこしい事をしなくても、一人で転移すれば滅ぼせるさ。ジルクニフだってそんな事は分かっているはずだ」
「あぁ、そうでしたね。そういえば陛下はお一人でも軍を圧倒できる力を持っている。あまりに荒唐無稽すぎて失念していました」
「随分な言い草だ」
褒め言葉ですよ、と涼しい顔で言い切るあたり、この男はかなり肝が据わっている。