鬼神と死の支配者158

 その後はしばらくの間、オロチは竜王国の政務について宰相やドラウディロンと内容を詰めていた。
 これでも彼はは王なので何かと判断を下さねばならない立場にあるのだ。
 とは言っても、当の本人は最低限の仕事しかする気が無いらしく、今は問題の大半を宰相やドラウディロンに丸投げして『上手く纏めろ』と命令するだけではあったが。

 すると、それがひと段落したタイミングでドラウディロンがふと話題を変える。

「旦那様、ヘルヘイムとやらは具体的にどんな街なんだ? 娯楽都市だとは聞いているが、あまりピンとこない。この街にもある歓楽街みたいなものか?」

 どうやら彼女はあまり想像ができないらしい。
 というのも、この世界で主に娯楽とされているのが酒や女くらいなのだ。
 大都市ともなればギャンブルなども嗜めるが、それも簡単なカードゲームや闘技場での賭け試合である。
 なので、娯楽都市という言葉だけではヘルヘイムの全貌が全く見えないのだろう。

「ふむ、そういえばドラウディロンはまだヘルヘイムに来たことがなかったな。なら一度、ヘルヘイムに行ってみるか? 宰相は以前少しだけ見に来たが、あれから更に発展しているし、今の現状を視察しておくのも良いんじゃないか?」

「い、行きたい! 私も行きたいぞ、旦那様!」

「ああ、いいぞ。色んな視点からのアドバイスも欲しいからな。それで宰相はどうする?」

 問われた宰相は一瞬だけ迷った様子を見せたが、その後に首を横に振った。

「私は遠慮しておきます。今日中に片付けなければならない仕事もありますし、お二人の逢瀬の邪魔をする訳にはいきませんから」

 大はしゃぎで喜ぶドラウディロンとは違い、宰相はここに残って仕事をするようだ。
 二人の邪魔をしないという理由も本音だと思われるが、彼が抱えている仕事量を考えれば急に抜けるようなことは出来ないのかもしれない。
 反対に、オロチと二人で過ごせると聞いてドラウディロンは上機嫌になった。

「ふふん、意外だな。お前にそんな気遣いが出来たとは知らなかったぞ?」

「普段はその必要が無いだけですよ。それよりも、ドラウディロン様には一日でも早く陛下の世継ぎを身籠ってもらわなければなりません。それをきちんと理解していらっしゃいますか?」

「そ、そんな事は言われんでもわかっとるわい!」

 その手の話題には耐性がない彼女は、顔を真っ赤にして声を荒げた。
 長らく子供の姿で日々を過ごしていたため、精神がすっかり幼い者のそれに変貌しているのだ。
 そんなドラウディロンからすれば宰相の言葉はあまりにもストレート過ぎた。

「ならば結構。それでオロチ様、ヘルヘイムは既に完成しているのですよね? 国として何かお手伝い出来ることはありますか?」

「工事はほとんど終わっていて、後は微調整みたいな細かい仕事だけだ。それを考えれば街はほぼ完成と言って良い。ただ、雇用をどうするかはまだ考え中だな。竜王国で募集しても良いんだが、それよりも奴隷を買って教育した方が後々楽な気もしている。面倒もそっちの方が少ないだろうし」

「奴隷、ですか」

 奴隷と聞いた宰相の顔が少し曇った気がした。
 スレイン法国と呼ばれる国は人間の奴隷を禁止していて、リ・エスティーゼ王国では表向きには奴隷の存在自体を禁止している。
 もっとも、法国では人間以外のエルフやドワーフといった種族の奴隷は普通に販売されているし、王国でも裏では奴隷の取引は今だに続いているらしいのだが。

 周辺にそんな国もあるので、竜王国でも何かそういった決まりがあったのだろうかと、オロチは記憶を遡っていく。
 ただ、自分の知る限りでは奴隷を禁止する法律は無い筈だった。
 王となるに当たって一通り法律や慣習について学んだが、奴隷に関する法律は覚えている限りでは存在しない。

「確か竜王国で奴隷は違法ではなかったはずだが、違ったか?」

「ああ、いえ、違法という訳ではありません。ですが我が国は少し前までビーストマンに侵略されていましたので、国内にはほとんど奴隷という身分の者はいないのですよ。奴隷を雇うとなると、帝国から調達する必要があります」

 奴隷に落とされる者は基本的に犯罪者や貧しい貧困層である。
 だが、今の竜王国は奴隷の数がかなり少ない。
 更に侵略の影響で金に余裕のあった奴隷商人は他国に避難してしまっているので、質の良い奴隷は現在のこの国には残されていないのだ。
 なので、商売なので使用する奴隷を購入するのなら、バハルス帝国まで買い付けに行かなくてはならなかった。

「なるほど。それなら時間がある時にでも帝国で奴隷を買ってくるか。ジルクニフに話を通せば、あいつも泣いて協力するだろう」

「……確かに〝泣いて〟協力してくれるでしょうね」

 どこか憐憫の情を浮かべている宰相のことは気にせず、オロチはどういった奴隷を購入するか頭の中で考えていく。
 接客させるのであれば見た目の良いエルフが良いだろうか。
 人間でも良いが、容姿という面では間違いなくエルフの方が種族的に優っている。

(まぁ、その辺は見て見ないとなんとも言えないか。エルフの中にだって不細工な奴はいるだろうし)

 とりあえずこの件に関しては実際に見るまで置いておくことにして、オロチはドラウディロンの頭に手を置いた。

「それじゃあ善は急げってやつだ。急いで準備してきてくれ」

「うむっ、楽しみだ」

「留守は私にお任せを。帝国には事前に先ほどの話を伝えておきますので、お二人はごゆるりと羽を伸ばして来てください」

「ああ。頼んだぞ、宰相」

 

   

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