鬼神と死の支配者160

 オロチとドラウディロンはカジノ施設へと赴き、そこでテストを兼ねていくつかのカードゲームをプレイしていた。
 今はオロチがディーラーとなり、ブラックジャックというゲームで遊んでいる。

 ブラックジャックとは、簡単に言えば手札の数字の合計が21を超えないように、かつそれに近づけるゲームだ。
 ただ、『J』『Q』『K』の絵札三枚は全て『10』として扱い、『A』は『1』もしくは『11』として扱う。
 もしも手持ちのカードの合計が21を超えてしまえば、その時はバーストとなり無条件で敗北となる。

 そして、ディーラー側は必ず17を超えるまでカードを引かなければならず、21を超えてバーストしてしまう可能性が高い。
 一見ディーラー側が不利でプレイヤー側が有利に見えるルールだが、真っ当にプレイすれば最終的にはディーラーが勝つゲームである。

 しかし――。

「むふふ、今日の私は運が良いようだ。まったく負ける気がせん」

 満面の笑みを浮かべているドラウディロンの手元には、ちょっとした山となるほど積み上げられたチップが出来上がっていた。
 彼女は確率や期待値などギャンブルでは重要なことを度外視し、類い稀な運と直感でディーラーであるオロチに大勝しているのだ。

「運もあるだろうが、お前の場合勘が良すぎるのかもしれないな。ふむ、ある程度勝ち続ける奴には注意が必要みたいだ。勉強になる。よし、もう少し続けよう」

「いいぞいいぞ。私は何度でも構わんからな。このままでは勝ち続けてしまうし、なんなら少しくらいは手加減しようか? うん?」

「フッ、いらんいらん。カジノの金なんて好きなだけ毟り取ってやれば良いんだ。遠慮せずにどんどん勝ってくれ」

「そうか? ならこのままやらせてもらおう」

 これまで運が味方していたからか、ドラウディロンは勝気な笑みを浮かべてそう言った。
 事実、オロチがディーラーとなってゲームをプレイしていたのだが、まるで天が味方しているかのように強い手札が彼女の元に集まっている。
 なので気が大きくなるのも無理はない。

(もしかすると、この世界にはもの凄くラッキーなやつとかがいるのかもしれない。それこそ、科学とかでは説明がつけられないほどの豪運を生まれた時から持っているとか。……ありえそうで恐ろしい)

 そういう存在がまさにドラウディロンなのかもしれない。
 前世では運が良いと言っても、それはあくまで一時的なもの。
 良い時もあれば悪い時もあるというのが普通だ。
 だが、このファンタジーな世界の場合、生まれ持って運に愛されているような存在がいても何らおかしくはないだろう。

「――ま、でもカードゲームにイカサマは付き物だよな」

「む、何か言ったか?」

 オロチは『なんでもない』と言ってカードを配り始める。
 パパパっと手慣れた手つきで配られ、ドラウディロンの元には『3』と『8』のカードが渡った。
 反対にオロチの所には『4』のカードがやって来ている。
 この場にあるカードを見る限り、かなりオロチの劣勢だ。

「ふむふむ、どうやら私の運はまだ尽きてはいないようだ。初手から強い数字が来てしまったな。当然ダブルダウンだ」

 そう言ってチップを放り投げて掛け金を倍にする。
 初手の手札を確認してから『ダブルダウン』を宣言すれば、次のカードを一枚だけ引かなければならない代わりに、掛け金を倍にすることが出来るルールだ。
 リスクも大きいが、その分リターンも大きい。

 今のドラウディロンの手札の合計は11であり、『10』もしくは絵札のカードが来れば負けはないので、ここは勝負するべきだと判断したのだろう。
 実際にその判断は悪くない。

「それじゃあ一枚だけ追加だな。ほら」

「おおぉ! 『9』が来たぞ! これで合計は20。どうやら、この勝負も私の勝ちみたいだな?」

「それはどうかな」

 向こうの手札に『9』のカードが加わったことで、オロチが勝つには21ピッタリの数字を並べなくてはならなくなった。
 もちろん、21を超えてバーストしてしまう可能性が非常に高いので、これでドラウディロンの勝ちがかなり濃厚となっている。

 にもかかわらず、オロチの表情には揺るぎない自信があるように見えた。
 そんな彼の様子に嫌な予感を感じながらも、ドラウディロンは真剣な眼差しでジッと場を見つめる。

 そしていよいよオロチの手札が配られる。
 追加の一枚目は『5』で、二枚目は『3』だった。
 それを確認したドラウディロンはホッと安堵する。
 何故ならオロチの合計は12であり、自分に勝つためには『9』の数字を引かなければならないからだ。

 この勝負も自分の勝ちだ、そう確信した次の瞬間、ドラウディロンの表情が凍り付いた。

「……え?」

「――『9』が来たな。これでピッタリ21。この勝負は俺の勝ちだ」

 場に出ているチップをオロチがごっそり回収する。
 ダブルダウンを使ったことで元々の掛け金の倍のチップとなっていたので、山のようにあるドラウディロンの手持ちのチップの一部が無くなった。
 とはいえ、まだまだ焦る状況ではない。
 取られたのなら取り返せば良いだけなのだから。

 

 ◆◆◆

 

「――くちゅん! な、なぁ旦那様。上着だけでも返してくれないか?」

 ドラウディロンが大敗したゲームから約一時間後、今の彼女の姿は黒の下着以外は何も身につけておらず、ほとんど素っ裸の状態で椅子に座っていた。
 恥ずかしそうに身をよじるが、元々の豊満な体つきもあって何も隠せていない。
 むしろいやらしさを助長させているような格好だ。

「駄目だ。服が着たかったらゲームで取り返せば良いだろ? そろそろお前のツキも戻ってくるかもしれないし」

 何故こんな状況になってしまったのかと言えば、追加でチップを渡す代わりに服を一枚ずつ脱いでいった結果、ついにドラウディロンは下着だけの姿となってしまったのである。
 あの負けから彼女は天に見放されたように悉く負け、山のようにあったチップは今ではすっからかん。
 いつの間にかこうも無残な姿になってしまった。
 今の彼女を見て、かつて一国の女王だったとは誰も思うまい。

「うぅ……こんな姿、恥ずかしくてゲームに集中できん。それに、何故か全く勝てなくなってしまったし」

「そろそろ最後の仕上げといこうか。上か下、どっちが良い?」

「ひっ!」

 ガバッと両手で自分の身体を庇うような仕草をするが、その程度でオロチが怯むことはない。
 むしろ嗜虐心が唆られて火に油を注いでいる。

「さぁ、早く選べ。大丈夫。次はきっと勝てるから――」

『オロチ様、少しお耳に入れておきたい情報が入ってきました』

「む……」

 と、ここで脳内で聞き慣れた声が聞こえてきた。
 その通信はナーベラルからだ。
 後にしろ、という言葉が喉元まで出そうになったが何とかそれを飲み込み、彼女に話の続きを促した。

『ナーベラルか。一体どうした?』

『――ビーストマンが再び現れたようです』

 

   

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