『――ビーストマンが再び現れたようです』
ドラウディロンと遊んでいる……否、ドラウディロンで遊んでいるオロチに、ナーベラル・ガンマはそんな報告をした。
そしてそれを聞いたオロチはあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
というのも、かつてヘルヘイムに住み着いていたビーストマンはオロチ達が一匹残らず滅ぼしたが、そのあまりの数の多さに後半は作業のように身体を動かしていたのだ。
初めは人間よりも強靭な肉体を持つビーストマンの相手に嬉々として刀を振るっていたが、それでも斬っても斬っても群がって来る雑魚にうんざりしてしまったことは記憶に新しい。
(面倒……そう、とても面倒だ。またあの連中の相手をしないといけないのか。配下たちに任せようにも、流石にあの数だと被害が増えそうだからそういう訳にもいかない。はぁ、まったく厄介な種族だ)
潰しても再び湧いてくる――まるでゴキブリのような存在。
かつてのヘルヘイムに巣食っていたビーストマンは、あくまでビーストマンという種族の一部でしかない。
無論、一部と言うには些か数が多いのも事実ではあるが、それでも種族そのものを根絶した訳ではなかった。
なので別の場所に住んでいたビーストマンがいれば、新たに人間の土地へ侵略してくるのも然程おかしな話ではないのである。
とはいえ、少し疑問が残るのも事実。
『だが、何故だろうな。いくら獣に毛が生えた程度の知能しか無いと言っても、同族が全滅した場所にのこのこと出て行けば、同じ道を辿る事になるなんて簡単に想像できると思うが……』
『自分たちなら打ち勝てると考えたのでは? 斥候の報告では、集結しつつあるビーストマン勢いを考えれば、前回よりも数が多くなる可能性があるようです。それに、一つ気になる情報もあります』
『なんだ?』
『どうやら集結しているビーストマンの中に、飛び抜けた力を持つ『王』がいると思われます』
『――ほう?』
オロチは嫌そうな顔から少しだけ好奇心を覗かせた。
モンスターの中には、稀に優れた支配者によって統治されている集団がおり、それらは総じて通常よりも強い個体の集まりとなる。
ヘルヘイムの廃墟に巣食っていたビーストマン達にもリーダーはいたが、それはあくまでもリーダーではあって支配者ではない。
それを考えれば、以前の戦闘よりも楽しめることも十分に考えれた。
(ビーストマンの王、か。それなら案外楽しめるかもしれないな。有象無象共が面倒なことには変わらないが、少しくらいは期待できる)
オロチの中でビーストマンは微妙な存在という位置付けだ。
何人……いや、何体かはそこそこ歯応えのある者もいた気がするが、思い出そうとしても顔すら思い出せない程度の相手でしかない。
しかし、それが『王』の個体が率いている軍勢であれば話は変わってくる。
オロチが満足できる強さを持つビーストマンがいる可能性が、ほんの僅かだが出てくるのだ。
そう考えると少しだけ興味が湧いてきた。
『ナーベラル、とりあえず今から俺もそっちに行く。そこで詳しい話を聞かせてくれ。今はヘルヘイムの地下にいるんだろ?』
『はい』
『了解だ。ドラウディロンを送り届けてから行くから、少し待っててくれ』
『かしこまりました』
そこでオロチはナーベラルとの念話での通信を切った。
「ど、どうしたのだ? 急に黙り込んでしまって、具合でも悪いのか?」
と、僅かに頬に赤みを残したままのドラウディロンがオロチの顔を心配そうに覗き込む。
彼女は途中でオロチが固まってしまった為、どうすることも出来ずにそのままの姿で待機していたようだ。
そんなドラウディロンにオロチはいつも通りの態度で口を開いた。
「ビーストマンの軍勢がまた現れたらしい」
「そうか、ビーストマンの…………って、え? えええぇぇええ!?」
つい先ほどまで黙りこくっていたオロチがいきなりビーストマンの名前を出したことで、ドラウディロンは面白いくらいに取り乱した。
少し前まで自分たちを苦しめた存在が再び姿を現したと言われれば無理もない。
竜王国に住まう者にとって、ビーストマンとはそういう存在なのだ。
もっとも、急に叫んだ彼女にオロチは迷惑そうな表情を浮かべていたが。
「急に大声を出すんじゃない。はしたないぞ」
「そ、そんな悠長なことを言っている場合じゃない! 不味いじゃないか! いや、旦那様がいれば不味くはないのか……? でもとにかく、急いで何か対策を考えないと!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だ。今回も俺に任せろ。お前が何もしなくても、俺がパパッと解決してやるから」
オロチの力強い言葉にドラウディロンはハッとした。
「う、うむ。それは頼もしい。流石は旦那様だ」
恥ずかしさとは別の意味で頬を赤く染める。
「……って、お前いつまでそんな恰好でいるんだ? 風邪引くぞ?」
「えぇ……」
ただ、そんな言葉を投げかけられると流石にドン引きである。
ドラウディロンの『旦那様が脱がしたんだろうに……』という小さな声はか細く消えていった。
そしてオロチはそそくさと部屋から出て行こうと動き出す。
その背中を見ると、ゲームが中断して安心したような残念なような、不思議とそんな感情が湧き上がってくる。
すると、オロチが思い出したように振り返った。
「あ、この続きは近いうちにやるから覚悟しておけよ」
「鬼か」
……残念だと思ったのは、やはり彼女の気の所為なようだ。