山脈の中に続いている大昔に廃棄された筈の坑道。
かつては貴重な鉱石が採掘されて多くの人々で賑わっていた場所だが、今では当時とはかけ離れた光景が広がっている。
その洞窟の中は全身が毛で覆われた人型の亜人――ビーストマンで溢れかえっているのだ。
そして、人間とは比較にならないほどの作業速度で坑道の中を掘り進めている。
人よりもはるかに優れた肉体を有している彼らは、道具などを使わずに自らの肉体だけを使って、それでもかなりのハイペースで硬い土や重い岩を運び出していた。
知性が劣るとされているが、この光景を見るに非常に統率が取れた集団だ。
効率という言葉を理解しているかのような動きをしている。
もしもビーストマンについて知っている者がこれを見れば、きっと彼らを知性を宿した別の種族だと判断するだろう。
それほどこの行動は異常だった。
人間の十倍の力を持つと言われているビーストマンに知性が見受けられるなど、他種族にとって今まで以上の脅威となるのはまず間違いない。
「ハラ、ヘッタ」
「オレモダ。モウ、ナガク、タベテナイ……」
ビーストマン達からそんな会話が聞こえてくる。
彼らをよく見てみれば、数は大勢いるがどれもこれも痩せているように見受けられた。
筋肉質なのは変わらない。
だが、あまりにも身体の線が細すぎるのだ。
満足に食事が取れていないというのがすぐにわかる。
もちろん人間と比べれば今でも十分に立派な体格ではあるが、本来のビーストマン――ヘルヘイムに巣食っていたビーストマン達と比べると、貧相な身体付きであると言わざるを得ない。
ただ、飢えている分その瞳に宿る意思はこちらの方が上であったが。
「……ッ! キタ、フセロ!」
一体のビーストマンが異変を感知する。
すると、『ゴゴゴ……!』と坑道全体が揺れ始めた。
これほど大きな揺れは地震か崩落か、ここが洞窟の中だと考えれば恐らく後者だろう。
そしてこの揺れに慣れているらしいビーストマンたちは特に慌てた様子もなく、姿勢を低くしてその場で待機している。
――グォォオォオオオ……!
「ワームダ、デカイゾ!」
この地響きを起こしたのは、巨大なワーム。
ユグドラシルでの正式名称は『ロックワーム』と言い、見た目は全長数十メートルもある巨体を持ったミミズだ。
顔のような部位は無く、あるのは獲物ひと飲みにしてしまいそうな大きな口だけ。
「タタカエ! コロス、ワーム、コロス!」
「クワレタ、ナカマ、クワレタ!」
地面から這い出てきたワームはその口を大きく開け、まるで暴走列車のようにビーストマンたちをなぎ払っていく。
既に何体かは口の中に吸い込まれてしまっていた。
腹の中に収まった者はあと数分で骨まで溶かされてしまい、遠からずロックワームの養分となるだろう。
彼らも高い戦闘能力を有してはいるが、それでもロックワームというのは高レベルのモンスターだ。
いくらビーストマンが強くともそれ以上に強い存在である。
その上、フィールドは洞窟の中というビーストマンにとって完全に不利な場所であり、こうして一方的に被捕食者となってしまうのも無理はない。
そして、このままでは数分と掛からずに全滅してしまうだろう。
「――私に任せろ」
しかし、そんな絶望的な空気は一人の男が現れたことで一変する。
彼の姿は他のビーストマンとは違っていた。
手足は同じように獣のような見た目をしているが、顔は人間に近く、防具もアダマンタイト冒険者が身に着けているような物を装備している。
「ハッ!」
「グォォオ……!?」
男はいきなりロックワームに飛び掛かる。
そして、縦横無尽に飛び回りながらその身軽さを武器にロックワームを翻弄し、鋭い爪で肉を削いでいった。
当然ロックワームも反撃するが、素早い速度で動き続ける男に対してまともに攻撃することが出来ていない。
ビーストマンたちを食い回っていたモンスターに対し、彼は互角以上に渡り合っていた。
「武技――《獣王破導拳》!」
さらに武技まで発動させてロックワームを追い詰める。
青白いオーラを右腕に纏い、その拳を力一杯振り下ろした。
「ギシャ――」
その瞬間、ロックワームの先端が消滅した。
圧倒的な武力によって、一部分だけを跡形もなく消し去ったのだ。
その事実が、先ほどの武技の威力を物語っている。
しかし、ロックワームを見事に打ち倒し、ビーストマンたちから歓声が沸き起こるが、それを成した本人の表情は浮かない様子だった。
「……足りない。これでは我らの同胞達の飢えを満たすことは出来ない」
ポツリとこぼしたその声は洞窟の中の闇へと消えていく。
流暢な言葉を話す人らしき人物。
松明の灯りがゆらゆらと照らしているその表情は、まるで人間のような表情で憂いを帯びているようにも見えた。
「やはり、我らが生き残る為には人間を食料とするしかないようだ。出来れば戦争などしたくはないが、種を生き永らえさせるにはそれしかない。……いやはや、生れながらの支配者というものは、些か気苦労が多いな」
そう言って彼は周囲を見渡した。
傷付いた同胞たち。
皆一様に痩せ細り、満足に食事をすることさえ出来ていない。
彼らを見て、男は決意を新たにする。
「だが、私がお前たちを導こう! 飢えることなく、奪われることなく、常に強者であり続ける道を作ってみせる! 共に行こう。人間たちの世界へ……!」
ビーストマンたちの咆哮が洞窟内に木霊した。
そんな彼らを見下ろしている『目玉』がいることに、この場にいる者は誰一人として気付く者はいなかった。