ビーストマンたちが雄叫びを上げているのを、オロチとナーベラルはボーリング玉程度の水晶に映し出された映像として眺めていた。
これは予め録画された映像であり、数時間ほど前に配下のモンスターによって撮影された物だ。
とはいえ、現在も監視を続けているのでビーストマンの動向はしっかりと把握出来ている。
戦闘は始まる前から既に始まっている、というのはオロチの体の染み付いていた。
「統率されたビーストマンの集団か。人間並みの知能があって、戦闘力にも期待できる個体もいるようだ。そいつの相手は俺がしてやるか。とにかく、早めに潰しておかないとな」
「統率が取れているのなら支配下に置く、ということも出来ますが、やはり今回も殲滅するのですか?」
「ナザリックの支配下においたリザードマンと違って、ビーストマンはあまりにも数が多すぎる。抱え込めばそれだけで食費が馬鹿みたいに掛かるだろう。下手すれば自滅だ。明らかにデメリットの方が大きすぎる。それなら今度も戦って、死体をアインズさんに活用してもらった方が良い」
当然だが、アインズが作り出すモンスターはアンデッドである。
そしてアンデッドは睡眠や食事がまったく必要ない。
ただ命令されたことを実行する機械のような存在だ。
しかし、ビーストマンは生きている。
生きていればそれだけで金がかかる上に、数が膨大で日に日に経費が嵩んでしまうだろう。
自活できるように作物を育てさせるにも上手くいくかどうかさえわからないし、そこまでしても獣に毛が生えた程度の知能しかないので大した旨みはない。
故にこうして敵対的な行動を取られると、殲滅以外に選択肢が無くなってしまうのだ。
「ただ、流石にあの数をまともに相手するのはメンドくさすぎる、か。報告通り、前回よりも多いみたいだし」
水晶に映し出されていた映像が5秒おきくらいで切り替わっていく。
だが、そこに大きな変化はない。
暗い洞窟、そこに住むワームなどのモンスター、そして数えることさえ億劫になるほどのビーストマン。
広大な洞窟の中で一心不乱に獲物を探している。
前回のビーストマンとの戦いでもかなりの数を倒しているが、ここにいるのはそれ以上に多いように感じられた。
「我らが負けることは万に一つ……いえ、億が一つにもあり得ませんが、確かにこれだけの数となれば手間ですね。いっそ、大規模魔法で一掃しては?」
「それだとあの特殊個体と戦えないだろ。それに、そんな魔法を使えば死体をほとんど回収出来なくなる。以前アインズさんから聞いた話だと、死体はいくらあっても多過ぎるということはないそうだ。つまり、あればあるだけナザリックを強化できる。流石に一体残らず回収しようなんて考えてはいないが、それでも出来るだけ手に入れておきたい」
死体は有限だ。
十や二十ならばともかく、百や千以上を用意しようと思うと中々時間がかかってしまう。
出来なくはないが、街で人間を攫って……という訳にもいかないのですぐにどうこうするのは難しいのだ。
だからこそ、大規模な戦闘があればその機会を逃したくはなかった。
「では、ナザリックから増援を呼んだ方がよろしいかと。ヘルヘイムにも常駐している戦力はありますが、それだとここの守りが疎かになります。マーレ様かシャルティア様あたりをお呼びすれば、あとはスケルトン部隊で事足りると思います」
「ああ、そうだな。それじゃあ、アインズさんかアルベドに言って兵士と……マーレを呼んでくれ。獣狩りを手伝ってもらおう」
「かしこまりました」
ナーベラルは一礼してから転移で姿を消した。
彼女がナザリックへ飛んだ後も、オロチはビーストマンとの戦いについて考えを巡らせる。
(クレマンティーヌとシズとナーベラル、そしてコンスケとマーレには当然手伝ってもらうとして、あとは前回同様にハムスケも呼び寄せるか。ついでに、長らく放置しているブレインを呼んでやるのも……まぁアリだ)
ここしばらくの間ヘルヘイム関連の仕事が忙しく、成り行きで弟子となったブレイン・アングラウスには会っていない。
一応、エ・ランテルにいる配下からの報告で生きていることはわかっているが、師弟関係と呼ぶにはあまりにも放置し過ぎている。
だからと言って心が痛む訳ではなく、修行場所くらいは提供してやるか、そんな軽い気持ちでオロチはブレインを戦場へ呼ぼうとしていた。
「俺も色々と準備しておくか。そういえばここ最近まともな戦闘はしていなかったし、コキュートスあたりに稽古相手を頼むとしよう」
そう言ってオロチも重い腰を上げたのだった。
◆◆◆
「――へっぶし!」
「む、風邪か? ブレイン殿、くれぐれも体調には気を付けてくれよ。ブレイン殿にもしものことがあれば、この街を守る戦力は半減すると言っても過言ではないのだからな」
「産まれてこの方、俺は風邪どころか病気になったことすらねぇよ。今のは……何故か背筋に寒気がしたんだ。何事もなければ良いんだが」
「はっはっは、ブレイン殿でも弱気になることがあるのだな。私から見ればあの御仁みたいな強さを持っているというのに、一体なにに怯えるというのか」
「……俺なんて師匠に比べればまだまださ。いや、師匠でなくとも勝てない相手は大勢いる。この世は怖いもので溢れているぞ、組合長よ」
ブレインは自身がまったく歯が立たなかった者たちを思い浮かべ、未だそれには遠く及ばないと苦笑した。
彼が死地に飛び込む日は近い。