鬼神と死の支配者164

 リ・エスティーゼ王国の東に位置する都市、『エ・ランテル 』。
 バハルス帝国とスレイン法国の領土に面しているこの都市は、人の出入りが激しく、今もかなりの賑わいを見せている。
 そんな人通りが多い街で、一際目立っている一人と一匹がいた。

「この街に来るのも前回のビーストマンとの戦い以来だが、あまり見ないうちに結構変わるもんだ。以前はなかった店がちらほら見えるな。コンスケ、あとで食い物の店でも回ってみるか?」

「きゅいっ!」

 オロチの呟きに元気に同意するコンスケ。
 その頭を指先で軽く撫でてやれば気持ち良さそうに目を細めた。
 実はここ最近のコンスケはハムスケの実力を底上げする為、オロチと一緒にいる時間を削ってナザリックにいたので、以前までと比べて甘える時間が少なくなっていたのだ。
 なのでそんな寂しさもあってか、今はいつも以上に甘えているように見えた。

 その様子をたまたま近くで見ていた街の女性は思わずうっとりした様子で見惚れ、次にその横にいるオロチの姿を見て驚愕する。
 珍しい服を着た十代中盤くらいの少年。
 しかし、そんな彼は今や誰もがその名前を知っている最強の冒険者だったからだった。

(竜王国を出歩いている時よりはジロジロ見られないが、やっぱりこの恰好は目立ってしまうか。今更ではあるけど、何か別の装備を用意した方が良いかもしれん)

 オロチが装備している『妖魔の衣』は、ワールドアイテムの一つであるだけにかなりの高性能である。
 ただ、見た目が和風の着物なのでどんな場所でも目立ってしまうのだ。
 しかもそれを着ているのはまるで作り物のような美少年。
 これで目立つなという方が難しいだろう。

「きゅい」

「ん、なんだコンスケ。……ふむ、後ろか」

 そこでふと、オロチは周囲の気配を探り、ため息をこぼした。
 何故なら自分たちの後ろをチョロチョロと付け回っている気配が複数感じ取れたからだ。
 人混みの中で目立ってしまえば何かしらの標的になりやすいとはいえ、オロチの後ろを何人かが後をつけているのをみると、おそらく彼らはオロチのことをオロチだと認識してはいまい。
 大方、珍しい服を着ているから金持ちだと判断したのだろう。

「狙うならもっと相手を見てやれば良いものを。よりにもよって俺を選ぶなんて、大馬鹿か大物のどちらかか。コンスケはどっちだと思う?」

「きゅいっ」

 撒くか、それとも消すか。
 どちらもオロチであれば容易に実行出来るが、前者はともかくこんな街中で尾行している相手を消すとなれば、今まで築き上げてきた英雄としてのイメージがガタ落ちである。

(仕方ない。癪だが、ここは大人しく撒いてやるだけにするか。殺しても良いけど、それを誰かに見られると面倒だ)

 そうと決めたオロチはすぐに行動に移した。

「コンスケ、しっかり捕まってろよ」

「きゅいっ!」

 わざと人混みの中に紛れながら、角を曲がったところで歩くスピードを上げる。
 こんなかなりの人でごった返す中、するすると誰にもぶつかることなく移動出来るのは、もはや技術と呼べるかもしれない。
 時折後ろの方から『うわっ!?』とか『あぶねぇぞ!』といった声が聞こえてくるが、それに振り返ることは一度なかった。

 そのまま角をもう二つほど曲がれば、周囲にはすっかり自分を追ってくる者の気配はしなくなっていた。
 撒いたか、そう心の中で呟くと、肩にしがみ付いていたコンスケが尻尾で頬を優しく撫でてくる。

「はは、なんだ。慣れないことをした俺を労ってくれてるのか?」

「きゅい!」

「そりゃどうも。屋敷に着いたらブラッシングでもしてやるから、もう少しだけ大人しくしててくれよ?」

 このエ・ランテルの街には、冒険者組合の長であるプルトンからぶん取った……もとい、譲渡された巨大な屋敷がある。
 拠点として活用する予定だったが、貰ってからすぐに竜王国の国王になるべく動いたので、せっかくの屋敷もオロチは数えるほどしか利用していなかった。

(プルトンから貰ったあの屋敷も結局あまり使っていないから、今日くらいはここに泊まっていくか。ナザリックから派遣されたメイドが今も変わらず管理してくれているようだし)

 オロチはそんなことを考えながら再び移動を再開する。
 さっきまでは久しぶりにエ・ランテルの街並みをコンスケと一緒に見る為に堂々と歩いていたが、今度は出来るだけ目立たないように人の死角に入りながら移動していた。
 コンスケのスキルを使えば完全に姿を消すことも可能だが、そこまでする必要は無いだろうと今は使っていない。

 しかし、それが災いしたのか、オロチのことを見つけた青い髪で腰に木刀を差した男がもの凄い勢いで走り出した。
 見覚えのある特徴をしているその男は、人目を忍んでいたオロチ向かって声を張り上げる。

「師匠ぉぉぉおおおお!! お待ちしておりましたぁぁあぁああ!」

「……あいつは相変わらず喧しい奴だな。強さはともかく、人間的には全く成長していないらしい」

「きゅいきゅい」

 全速力でダッシュしながらまっすぐこちらへ向かってくる青髪の男――ブレインに、オロチは呆れながら一体どうしてやろうかと考える。
 目立たないように人目を避けて移動していたのにこれでは台無しだ。
 少し痛い目に合わせなければ気が済まない。

 なのでとりあえず、深くは考えずに一発だけ殴っておくことにした。

「ふんっ!」

「げばら!?」

 走ってきた勢いとオロチの拳がぶつかり合い、ブレインの身体は空中で回転しながら地面へと頭からダイブしたのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました