鬼神と死の支配者10

(おかしい……。このデートプランは完璧だったはず。なのにナーベラルのやつ、デレるどころか眉ひとつ動かさねぇ……)

 ギルドメンバーによって魔改造された今の自分の容姿は、誰が見ても優れているだろう。それは街ですれ違う人の反応を見ても明らかだ。
 しかし、ならばなぜナーベラルは表情を変えないのかとオロチは自問する。

 既に日が落ち始め、辺りは夕焼け色に染まっていた。
 そんな穏やかな風景とは裏腹に、早くしないと一日が終わってしまうと焦っているオロチ。
 そしてオロチの“隣”をいつもの無表情で歩くナーベラル。

 そう、後ろではなく隣なのだ。

 普段は自分の一歩後ろを歩いていたが、ナーベラルは無意識のうちにオロチとの距離を縮めていた。
 プレアデスはオロチやアインズのメイドとして作成されたNPCだ。
 しっかりとした人格を得た今でもそれは変わらない。

 だが、今日一日のオロチの努力はしっかりと結果を残しており、メイドとしての距離から別の距離へと変化させることに成功していた。
 これはメイドとして作成されたナーベラルにとっては大きな変化だ。なので十分にデレたと言っても良いだろう。

 しかし、オロチはナーベラルの無表情にしか意識を向けておらず、その事実にはまったく気がついていない。
 それどころか自分が嫌われているのではないか、そんなことを考える始末。

 そして今日一日のことを振り返り、ふと思う。
 もしかすると自分だけが楽しんでいて、ナーベラル自身はあまり楽しくなかったのではないかと。

 実際はオロチと同じくらい、もしくはそれ以上に楽しかったとナーベラルは思っているのだが、現実の女性の気持ちを察するような技術をオロチが持ち合わせている筈がない。
 だから考えれば考えるほど悪い方向に考えてしまった。

 そこでユグドラシル時代に手に入れたとあるアイテムを思い出す。

『ココロチェッカー』

 それはNPCの隠しパラメーターである好感度を数値で表示するメガネ型の魔道具だ。
 そのアイテムを使えば、おそらくこの現状を変えることができるだろう。

 だがこのアイテムには問題がある。

 それはナーベラルのプライバシーが全て筒抜けになることだ。
 このメガネには好感度のほか、趣味趣向あらゆるものが洗いざらい表示する機能がある。
 いくら配下だとはいえ、無理やりそれを暴くのはさすがに抵抗があった。

(とはいえ、だ。このままでは、ただナーベラルの時間を無駄にしてしまったという事実だけが残る。それはナザリックの支配者のひとりとして、決して許されることでは無い!)

 そんな想いを胸に抱き、ついにオロチはココロチェッカーを取り出して装着する。
 すると視界に様々な情報が映し出された。
 そしてすぐにナーベラルの方を向いて計測を開始する。

「おや、メガネなど着けてどうされたのですか?」

「イメチェンだ。気にするな」

「そうですか。とてもお似合いです、オロチ様」

「……ああ」

 明らかに不審な行動をしているのだが、ナーベラルは自身の主人であるオロチの言葉を疑わない。
 それがまたオロチの良心を刺激していた。
 ナーベラルの純真さに当てられ、自分が行なっていることの罪悪感に襲われる。

(……やっぱやめよう。いくら配下相手とはいえやり過ぎだ)

 そう思ってココロチェッカーをアイテムストレージにしまおうとした瞬間、なんとこのタイミングでナーベラルの計測が終わってしまった。
 慌てて取り外そうとしたが、そこに書かれていた文章を見てしまい……オロチは言葉を失った。

 ===========
 ナーベラル・ガンマ

 状態――魅了

 感情――愛

 好きなもの――オロチ

 嫌いなもの――人間

 アドバイス――彼女はすでに貴方に夢中です。こんな無駄なことをしている暇があるなら、もっと彼女との時間を大切にしましょう。ヘタレですか?
 ===========

「う、嘘だろ……」

「どうかされました?」

 そう言ってオロチの顔を心配そうに覗きこむナーベラル。
 あんな結果を見た後だからか、いつもと同じ顔のはずなのにそれが妙にかわいく見えた。

(つーか、なんだよあの結果は!? 魅了とか愛とか、それから俺が好き? マジで? あと最後のアドバイスに書かれた『ヘタレですか?』は間違いなく余計だ。スクラップにしてやろうか)

 一通り心の中でぶちまけると、混乱していた気持ちが徐々に落ち着いてきた。
 そして『ココロチェッカー』で確認した内容が間違っていたのではないかと考え、すぐさまその考えを否定する。

 ユグドラシルではこのアイテムを使ったことは一度も無かった。
 しかし、それでも間違った情報を記すという話は一度も聞いたことはない。

 それどころかお気に入りのNPCの好感度を測れるアイテムとして、一部のプレイヤーの間で非常に人気だったのだ。
 間違った情報表示するという噂があれば、一度くらいオロチの耳にも入るはずだろう。

 ということはあの内容は……と考え、オロチは朝以上に赤面する。

(おいおいおい、デレさせるどころか逆に俺が攻略されてんじゃねぇか!)

 今日中にむっつりとした表情のナーベラルをデレさせると誓ったはずだった。
 それがこちらの攻撃を物ともせず、むしろ反撃してくるとは夢にも思わなかったのだ。
 もちろん実際にはナーベラルにそんな意識は無く、自分の感情にさえ気がついていないのだが、今のオロチにはそんなことは関係ない。

(いや待て、こう考えるんだ。『ココロチェッカー』の情報が正しいのなら、ナーベラルは今日一日楽しめたはず。俺が気づいていないところできっとデレていたんだ! 俺は負けてない!)

 オロチのその考えは偶然にも当たっていた。
 今日のオロチが立てたデートプランによって、ナーベラルとの距離は物理的にも精神的にもずいぶんと近づいているのだから。

 そしてその考えが精神安定剤の役割を果たし、自分は何を熱くなっていたのかと思い始める。

 今日はナーベラルと共に街中を歩き回っていたオロチだったが、ほんの些細なことでも楽しかったのだ。
 今までで、これほど誰かと一緒に居て楽しかったという記憶はない。

 ならばそれで良いと思いはじめ、オロチはそこで深く考えることをやめた。

「ナーベラル、今日はいろんな所に引っ張り回しちゃったけど……楽しかったか?」

「もちろんです。オロチ様と共に居るだけでも幸せですが、今日はまるで夢のような一日でした。今日の思い出は、私の一生の宝です」

 その言葉を聞き、少しだけホッとするオロチ。
『ココロチェッカー』の内容から、少なくとも退屈だったわけではないと分かってはいたが、それでも本人の口から聞くと安心するものだ。

「そっか、俺もすごく楽しかったよ。また時間を作って遊びに行こうな」

「っ! はい! よろしくお願いします!」

 一瞬だけ目を見開き驚いた様子のナーベラルだったが、すぐさま笑顔で返事を返した。

(……シャルティアの時も思ったけど、どうして女の子の笑顔にはこれほど人を惹きつける魅力があるんだろうな)

 普段は表情を感じることがないナーベラルの綺麗な笑顔を見て、オロチはそんなことを思うのだった。

 

 ◆◆◆

 

 エ・ランテルを襲う闇はすぐそこまで迫っている。
 秘密結社ズーラーノーンの幹部ふたりが、それぞれの思惑によってこの街に厄災の雨を降らそうとしていた。

 ひとりは怪しげな儀式を繰り返し、またもうひとりは街の薬師を攫おうと暗躍している。

 それぞれが別の目的のために動いているふたりだが、そのどちらも間違いなく悪人だ。
 そしてこの世界では有数の実力を兼ね備えている。それこそ、並みの冒険者や兵士では囮にさえならないほどの。

 しかしそれはこの世界では、だ。

 文字通り別の世界からやってきた彼らにとっては、比喩でもなく本当の意味で握り潰せる程度でしかない。

『秘密結社ズーラーノーン』と『鬼神オロチ』、このふたつが衝突する時は近い。

 

   

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